死んだはずの人について
誰にも、特にお母さんに
見られるわけにはいかないので
紙にこれまでのことを
書き出すわけにもいかず、
勉強するわけでも無いのに
自分の部屋の椅子に座り
机と向かい合う。
窓辺は橙色に染まり、
時間が経つにつれ傾いていく。
頭の中でこれまで得た情報と予想を
延々と展開し続ける。
湊「…。」
6年前前後に何かがあった。
それは間違い無いだろう。
昨日、考えたことを思い出す。
お父さんがいなくなったり
…死んだとされていたが生きていた。
お父さんの存在自体を
なかったことにしようとすることから、
何か悪きことをしてしまったのでは無いか。
そしてお母さんが暗くなり薬を飲み始めた。
高田家に起きたことの時系列は
こうでは無いかと思う。
対して深見家では、
佑月さんが不倫をし離婚をして
大輔さんは慰謝料をもらった。
そのままお酒に溺れた。
どちらが先かわからないが
佑月さんが森中さんの家に住み
大輔さんが行方不明になった。
という流れでは無いかという見立てだ。
湊「……気になるのは、やっぱり…。」
お父さんだ。
現状、殺人したのでは無いかと
1番に疑ってしまう人だった。
本当に手をかけたのか。
もしそうなら、お母さんは
お父さんを庇ったということになる。
そのくらい大切な人だった、
ということだろうか。
だけれど、狭い町の中
堂々と庇い続けるわけにもいかず
隠すようにして手放したのだろうか。
ならば、この家に
お父さんの荷物をひとつたりとも
残さないなんてところまで
する必要はあったのか…?
記憶上、朗らかだった気がするが
危険人物だったのか。
鍵のかかる引き出しを開き、
お父さんの住民票を眺む。
そこには、今住んでいる
住所が書かれていた。
湊「…。」
ならば。
この家に、何かがあるのでは無いか。
何もなかったとしても、
少なくとも今の暮らしぶりを
大体ながら掴むことは
できるんじゃ無いだろうか。
湊「……だったら。」
腹を括ってお母さんに相談するのも
ひとつの手だと思った。
もし本当に危険人物なのであれば
わざわざ刺激するようなことは
控えた方がいい。
けれど、これまでこっそりと
調べ上げてきたことを
こうも簡単に明かすわけにもいかず、
咄嗟にスマホを手に取った。
ネットで調べようもなく、
かと言ってSNSで助言を
求めるわけにもいかず、
開いたのはLINEだった。
人を頼りすぎだろうか。
けれど、どうしても今頭の中にある以上の
いい方法が見つからない。
夕方であるのをいいことに、
電話をかけてしまった。
ぷるる。
ぷるる。
数コールする間に
布団を頭から被って耳を傾ける。
階段が軋む音がしたら話すのを止める。
止める。
何度かシュミレーションをするうちに
その人は電話に出た。
電気な声が機械越しに届き、
耳にわんと響く。
七『はーい!もしもし、湊ちゃん?』
湊「うん。急にごめんね。」
七『平気!探検してたんだけどちょうど帰ってきたところ!ちょっと待ってて!』
スピーカーにしているのか、
手を洗っているらしく
じゃばじゃばと
シンクに強く当たる水の音がした。
「お待たせ!」といいながら
今度は階段を駆け上がっている。
自分の部屋に入っただろうところで
深呼吸すらせず口を開いた。
湊「今スピーカー?」
七『え?うん!』
湊「じゃあ一旦スピーカーじゃなくて、耳に当てて電話して欲しいな。」
七『大事なお話?』
湊「そう。」
七『わかった!』
「えーっと」と音が近づき、
「こうかな、こう」と音が一瞬途切れた。
それはマイクのミュートだよと
教える前にまた音が入り、
「できた!」と嬉しげに声を上げる。
七『やったよー!』
湊「ありがとう。」
七『それでお話って?』
湊「この前、亡くなった人のことを知りたいって言ったら住民票を貰えばいいって教えてくれたじゃん?」
七『うん!あれ、できた?』
湊「できたできた、あの件はほんとにありがとうね。」
七『えへへ、よかった!何かわかったことはあった?』
湊「それが…。」
七『…?』
湊「…うちの家では…亡くなってるって聞いてたし、町でもそう言われてたんだけど、生きてた。」
七『生きてた…!?』
湊「そう。うちの実家からちょっとかかるけど、でも関西で、近い方。」
七『あれ、今どこにいるの?』
湊「あ、大阪にある実家に帰省してるの。」
七『そうなんだ!じゃあすぐに会いに行けるね!』
湊「確かに、それはそうなんだけど…。」
七『気持ち的に会いづらい?』
湊「…とっても広く言うとそうだね。」
七『そっかぁ。どうにかして会いに行こうよ!』
湊「それは…。」
それは、できない。
もしもお母さんがお父さんを
庇っているとして。
「私が殺した」と発言したあの夜、
お母さんが電話していたのは
お父さんだったとしたら。
うちが会いにいってしまうと
その時点で情報が漏れるのは確実だ。
数年経っているとは言え
うちは整形をしてないし、
アルバムを見て思ったけれど
面影しかない顔をしている。
ぱっと見て自分の娘だと
わかってしまうに違いない。
だから。
湊「……七ちゃん。」
七『うん?』
湊「……危ないかもしれない…本当に、命に関わることかもしれないけど…お願いしたいことがあるの。」
私以外の人に
行ってもらうしかない。
大切な人であるゆうちゃんも
私のことを思って行動してくれる
お母さんすらも、
今回は頼み込むことはできない。
信頼しているはずの2人を
頼ることができないのだ。
そうなれば、町の人は除外した上で
学校の友人かバイト先の人しかない。
バイト先の人とは
たまに遊びには行くが深い付き合いが
あるわけではない。
それに、身内が人を
殺しているかもしれないなんて
話せたもんじゃない。
これは学校の友達にも同様だった。
こち丸をはじめ、部活の友達など
幅広く顔が浮かぶ。
けれど、話せない。
どう頑張ったって
「高田湊は明るいだけじゃない人」
「暗い過去がある人」と
印象に尾鰭がつくのが見える。
頑張って作り上げてきた
明るい高田湊のままでいたい。
せめて学校くらいはそうでありたい。
ならば、頼める人といえば
今年1年間似たような境遇にいる人だ。
自然と限定されていった。
そして、お父さんのことを相談した人。
七ちゃんが1番
適任だと思ってしまった。
湊「…これから話すこと…ちょっと大事でたくさんあるんだけど、聞いて欲しい。」
七『うん、聞く。』
七ちゃんは今までにないくらい
緊張しているうちの声を聞き取ったのか、
彼女もまた少し声のトーンを落として
真剣に聞いてくれた。
茶化さずに受け入れる姿勢で
聞いてくれるのは
とてもありがたいことで、
緊張して胸は高鳴り続けているが
安心しても大丈夫だと
頭の中で何度かつぶやく。
そして、これまで
調査したことを
声を小さく小さく潜めながら話した。
高田家のことと、
もしかしたら関係あるかもしれない
深見家のことを。
ゆうちゃんは勝手に自分や
その周りの話を
別の人にされるのは嫌がるだろうけど、
もし行方不明の大輔さん周りの
真実を知ることができるならと思うと、
悩んだ挙句歯を食いしばりながら
目を瞑ることにした。
七ちゃんは「うん、うん」と
定期的に相槌を打ち、
大きすぎる反応をすることもなく
ただ真摯に聞いてくれた。
話し終えて、息を吸う。
お母さんが階段を登ってくるのではと
常にどきどきしていたからか、
布団の中は熱気で温度は高く
首元には汗が滲んだ。
布団を内側からはたき、
中の空気を入れ替える。
実はこっそりうちの部屋に
お母さんがいて…
…なんてこともなかった。
七『なるほど…それで、湊ちゃんが頼みたいのは、湊ちゃんのお父さんの家を調査して欲しいってことなんだ。』
湊「話が早くてめたんこ助かっちゃった。でも、さっきも話したけど…。」
七『人を殺めてる可能性があるんだよね。』
湊「そう。」
七『…聞いてもいい?』
湊「答えられるかわからないけど、いいよ。」
七『湊ちゃんのお父さんって、どんな人だったの?」
湊「あんまり覚えてないんだけど、優しそうな感じだったと思うよ。自転車に乗れるように練習に付き合ってくれた気がする。」
七『優しい人だったならさ、多分だけど、湊ちゃんのお父さんは誰も殺してないよ。』
湊「…うちもそう思いたいけど、根拠がない以上そう言えない。七ちゃんのそれは勘でしょ?」
七『うん。だけどそんな感じがする。』
湊「…だといいけど…。」
彼女がなぜそこまで
自信たっぷりに言い切るのか
てんでわからないのだが、
七ちゃんには七ちゃんなりに
何か思うところがあるらしい。
七『殺人が絡んでるなら本当に事件だし、私たちだけでやるようなことじゃない気がするけど、わざわざ私に電話してこれを話して…調査までして欲しいって言うのは、バレたくないってことなんだよね?』
湊「…うん。」
七『わかった。じゃあさ、私1人だとまず辿り着けるかが不安だし、余計なことたくさん言っちゃうと思うから…もう1人、誰かついてきて欲しいなって思うんだけどどうかな。』
湊「…七ちゃんからそう言う提案が来るとは思ってなかったや。」
七『自分には自身あるし大抵なんとかなるんだけど、でも、1人じゃどうにもならないこととかもたまにあって…予定迷惑かけちゃって、事実がわからなくなったら、湊ちゃんが悲しくなっちゃう。』
湊「……。」
七『でも、今の話勝手に全部して、ついてきてくれる人を探すのは良くないでしょ?』
湊「だね。」
七『だから、この人ならまあいいかな!みたいな人、教えて欲しい。』
この人ならいいかな。
七ちゃんに電話した理由が
うちの内情を少し話しているから、
そして不可思議なことに
巻き込まれているという
似た境遇にいるから。
その範囲で探すのであれば。
…皆全員を浮かべるよりも先に
1人の顔が思い浮かんだ。
湊「……いろは。」
七『いろはちゃん?』
湊「うん。うちからも連絡はしておく。今七ちゃんに話したようなことも伝えとくよ。」
七『ありがとう!住所もあとで送っておいて!』
湊「わかった。…七ちゃん。」
七『うん?』
湊「…ほんとにごめん。」
七『危ないかもしれないから?』
湊「…自分は安全なところにいながら、みんなには危険な目に遭わせるような真似をするのが…心苦しい。」
七『大丈夫!』
うちって心苦しいだとか
そんな言葉を吐けたんだ。
…逆に、吐いてしまったんだ。
それでも七ちゃんは
うちの嫌な面を、隠していた面を
まるで見ないかのように、
もしくは見たとしても
そのままを受け止めて明るく言う。
七『初めての依頼みたいなものだから私はわくわくしてるし、誰かの役に立てるのはとっても嬉しいよ!どんと任せて!』
顔は見えないはずなのに、
にこにこと笑っている
七ちゃんが脳裏をよぎる。
しばらく抱えすぎたのかもしれない。
電話が切れたあと布団から這い出て、
廊下に誰もいないことを確認してから
部屋に戻って深く息を吸った。
窓辺からは冬らしい
泥濘んだ黒っぽい空が広がり始めている。
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