結んだ小指について
先週よりもまたぐんと
最高気温の下がった今日。
スマホと睨めっこをして
ゆうちゃんのアカウントを開く。
そして過去から現在に至るまでの
全投稿に目を通す。
全てはゆうちゃんのことを知るため。
ゆうちゃんの隠していることを
全て明らかにするため。
先日、ゆうちゃんが
通っていた高校に向かった。
先生に話を聞いてみたが、
ゆうちゃんの印象といえば
いつも眠っていることくらいだと言う。
朝起きれないことも多かったみたいで、
午後から登校したり
そもそも来なかったり
というのが多かったとか。
その話はそれとなく耳にしたことがあった。
うちが中学生の時に、
ゆうちゃんが不登校かもと言った内容の噂を
聞いたことがあったのだ。
°°°°°
湊「……去年あたりから、学校行くの…不定期だって聞いたことがあったから、気になってたんだ。」
詩柚「…2年くらい前かな。」
湊「そんな、長い間。」
詩柚「長いかあ…そうかもね。」
°°°°°
そんな会話をしたのが
確かだがうちが中学生になって間もない頃。
ゆうちゃんは高校2年生になっていたはず。
今から見るにおよそ5年前。
その2年ぐらい前となれば。
湊「…。」
やはり、今から6、7年前の
話になるわけで。
そしてゆうちゃんとうちの母校でもある
中学校の先生に話を聞けば、
居眠りするような生徒ではなかったという。
目立つ生徒でもなかったと。
しかし、明るく笑っている様子は
あまりみられなかったらしい。
うちの前では、大笑いすることはなくとも
ふんわりと微笑んでくれていたことが
印象的だったので、
思わず意外だなと感じた。
いつからゆうちゃんは
笑わなくなってしまったのだろう。
さらに昔はどうだったか。
小さい頃はゆうちゃんの家で
遊んだこともあったはずだ。
しかし、いつからか
うちの家でのみ遊ぶようになった。
湊「…ゆうちゃん。」
いつからかは覚えていない。
自然とうちの家で集まるようになり、
そしてうちが中学生に上がる頃には
彼女は家に遊びに来なくなった。
単にゆうちゃんが
高校生になったり、
うちも中学生になり部活や
学外活動を始めたりして
忙しくなったからかと思っていた。
けれど、ゆうちゃんはいつも
中学校まで来て
家まで送ってくれた。
忙しくても、用事があろうとも
絶対にうちを優先してくれた。
学校からの帰り際、小指を結ぶ。
前を歩くゆうちゃんの背が優しく揺れる。
おまじないだと言って
その小指を離さなかった。
年を越す前、ゆうちゃんの家で
お泊まり会をした時。
別れた時。
ゆうちゃんは小指を結んだ。
°°°°°
湊「ねね、小指結ぼ。」
詩柚「……急だね。」
湊「昔やってくれたじゃん。悪いものから守る魔法だーっていって、帰り道小指を結びながら帰ったの覚えてない?」
詩柚「…覚えてるよお。」
湊「それして寝ようよ。今日はうちがおまじないかけてあげる。悪いもの取っ払っていい夢見れますようにーって。」
詩柚「……うん。…ありがとう。」
---
湊「…うち、何か悪いこと…した…?」
詩柚「ううん。何にも。」
湊「じゃあ何でっ。」
詩柚「私が湊ちゃんに悪いことばかりしたんだ。何年もの間ずっと。」
湊「……そんなこと…。」
詩柚「だから、離れるの。」
湊「…。」
詩柚「もっと長く…この冬が終わったとしてもあと10年くらいは守ってあげられればいいなと思ってた。でも、そんなの湊ちゃんからしてみればおせっかいでしかないよね。」
湊「…。」
°°°°°
「何年もの間、ずっと」。
その言葉が脳の一部を濁らせる。
「守る」という単語を
やたらと使っていたことが
どうにも引っかかる。
大切な幼馴染だとしても、
たとえうちがいくらか
年が下だったとしても、
何もなしに守るなんて言葉が出るだろうか。
思考があちらこちらへと
飛んでいたものを捕まえて、
意識をスマホへ戻す。
夏前にうちがいろはと
逃避行した際には
必死になって探そうとしている様子が窺えた。
「雪はやだ」でも「冬が待ち遠しい」。
今年は記録的な猛暑だったから
純粋に夏が終わって欲しかっただけとも
捉えることはできるけれど…
「夜が怖い」「生活の水音が嫌い」。
眠りに関する多くのツイート。
昔のものになると
誰かを励ましたり
共感したりと言った内容。
…きっと自分が言われたかった
言葉なんじゃないかと勘繰ってしまう。
それから、「過去って消せなくて
どう頑張っても隠すことが精一杯」の文字。
湊「……どう、すれば。」
それもそのはず。
あの話を聞いてから、
そればかり考えている。
あなたの言っていた守るってー。
°°°°°
調査を依頼して数日後。
今日は七ちゃんといろはが
うちのお父さんの家に潜入する。
いつ行われているのか
正確な時間まではわからないが、
時計の針が頂上を回り、
夕方へと傾き出した頃
七ちゃんから電話が来た。
例の如く頭まで布団をかぶって
電話に出る。
びゅう、と風の音がしたので
まだ外にいるらしい。
近くにはいろはもいるようだ。
七『もしもし湊ちゃん?終わったよ!』
湊「ほんと…!ありがとう。無事そうでよかった…。」
いろは『本人がちょうど出かけたところを狙ったからねー。危害は何も加えられてないよー。』
湊「よかった…もーほんとによかったよー…。もう神奈川に着いた?」
七『ううん、夕方に新幹線乗るの!でも早めに調査が終わったから電話してる!』
いろは『だから今意外と近くにいるってやつだよー。』
湊「たはは…気をつけて帰ってね。」
七『ありがと!んでね、早速なんだけど…。』
スマホを持つ手を変えたのか
マイクに何かが擦れる音が乗った。
七ちゃんの声が些か遠くなる。
同時に、少しばかり
真剣身を帯びた声色になった。
七『まず…端的にいうね。』
湊「うん。」
七『…湊ちゃんのお父さんは、誰かを殺した可能性は高いと思う。」
湊「……そっ…か。」
やっぱり、と思う反面、
そこまで断定できるほどのものが
家の中にあったということ。
処理しなかった理由も、
もちろん殺めた理由もわからない。
誰を殺めたかすらも知らないのに、
うちのお父さんが誰かを殺した事実は
たった今うちが持っているピースに
綺麗にハマってしまった。
七『でもね、ちょっと引っかかることがあるの。』
湊「…?」
七『…待ってね。』
湊「…。」
七『じゃあさ…。……。』
湊「…?もしもし。」
七『湊ちゃん、怖い画像って見れる方?いくつか送りたいものがあるの。』
湊「…え………っと。」
怖い画像。
を、わざわざこのタイミングで聞き
送りつけてくる理由とは。
考えるよりも先に、
未来を見てしまったように
その先の話が想像できてしまった。
七『幽霊とかじゃない方。あ、でも人の頭とかじゃないよ!』
湊「……見る、しかないかな。」
七『…ほんとに大丈夫?』
湊「うん。」
七『わかった。ちょっと…うーん、結構びっくりするかもだから、最初遠目に見たほうがいいかも。』
湊「…。」
七『まずは……この制服って見覚えある…?』
スマホから耳を離し、
七ちゃんからのメッセージに目を向ける。
真っ暗な布団の中で、
ブルーライトがうちの目を刺した。
そこには。
湊「…!」
襟部分は深い紺…
もはや黒色になっており、
他部分は褪せ、赤黒い色に染まった
セーラー服が映された写真だった。
見覚えのあるその服装に
思わず口から息が漏れ、
咄嗟に口を手で塞いだ。
暗い場所で撮影したのか
見たままの正しい色ではなさそうだが、
それが血に染まった
ものであろうことは
嫌でも理解してしまう。
写真の隅には他にも
いくつかの布類が重ねられており、
そのどれもが同じような色合いで
染まっているように見えた。
鉄っぽい香りが
写真から漂ってきそうなほど。
再度、スマホに耳を当てる。
一瞬見ただけなのに
嫌になるほど写真の風景が
頭にこびりついて離れない。
湊「これ、は。」
七『…。』
湊「うちが通ってた中学校の、制服。」
七『…じゃあ、こっちは…?』
湊「……。」
耳に当てたスマホが
短く振動する。
じゃあ、って何。
他にもあるの?
何が、あったの。
怖い。
嫌な想像が
現実になってしまいそうで怖い。
そう思いながらも
気味悪く跳ねる心臓に手を当て、
七ちゃんからのメッセージを開く。
青いシャツやワンサイズ大きな服などの
写真が送られてくる。
そのどれもが赤い泥水に浸して
乾かしたような色をしていた。
しかし、そのどれもが
初めて見るものだった。
似たような品物は
インターネットなどで
見たことはあるのだが、
自分のものとして持っていたかと問われると
そうではない…と思う。
全く自信はない。
そして最後に、一部だけが黒く染まっている
白いセーターの上着の写真が送られていた。
まるで小さい子供が
水たまりの上で跳ね回り、
その泥が付着したかのように
赤黒い色が点々と存在している。
この服だけは記憶に引っかかり
「あ」と声が出た。
湊「……あ、これ。」
七『最後のやつ?』
湊「うん。…昔…うち、似たようなものを持ってたかも。」
七『…これ、子供用のサイズ表記なの。』
湊「…子供用の……うん、見たこと、ある…気がするよ。懐かしいなって…思う。」
七『湊ちゃん。』
湊「…。」
七『湊ちゃんは、これだけ血の出た出来事…覚えてない?』
湊「…。」
うちがかつて着ていた制服に
持っていたはずの白いセーターの上着。
セーターに至っては
小学生の頃、冬によく
着用していた気がする。
洗濯のしすぎで縮んで
捨てられたのだと思っていたけれど、
こんなところにあったなんて。
…同じものとは限らないが、
しかしうちのお父さんの家に
あったというだけで
きっと当時のものだろうと予想できてしまう。
この服が汚れてしまうような出来事。
それも、先ほどの制服を見るに
とてつもないほどの大事。
それを、覚えていないか?
いつだ。
小学生?
中学生?
友達と遊んだ時の記憶や
部活、学外活動をした記憶はある。
ゆうちゃんと小指を結んで
帰った記憶もしっかりある。
なのに、大事であったはずの
この写真を見たとしても
何にも思い出すことはなかった。
もどかしさすらもなく、
過去のどの地点を思い浮かべても
酷く嫌悪感を抱くものはない。
湊「……ごめん、何にもない…。」
七『そっか…この制服って、湊ちゃんのもの…?』
湊「…!今クローゼット見てみる。」
七『お願い。』
布団から抜け出して
クローゼットを開く。
クリーニングを終えた状態で
ハンガーにかかったままの中学時代の制服が
持っていた枚数分しっかり見つかった。
夏服も冬服も両方揃っている。
だと、すると。
湊「…見てきたよ。」
七『どうだった?』
湊「…うちの分は全部揃ってる。」
七『湊ちゃんって、兄弟いる?お姉さんとか。』
湊「え?いないよ。…あぁ、そういうこと。」
七『兄弟がいるならその人のかなって思ったんだよね。湊ちゃんのお父さんの家にあったから…。』
湊「……違うよ。……多分、この制服の持ち主…わかる。」
七『わかるの!?』
湊「……。」
うん。
だって。
うちの家族と関わりがあって、
服が紛れていてもおかしくない、
姉妹と思われるほど
仲のいい人がいたから。
あの制服は。
湊「…ゆうちゃんの、制服……。」
°°°°°
他にもフライパンや包丁の
写真も1度全て送ってもらい、
目を通した上で
念の為を思い削除した。
お母さんに知られないためにも、
都度七ちゃんに協力をお願いするしかない。
湊「…。」
七ちゃんは制服やうちのものであろう
子供用のセーターに
血が付着していることに疑問を抱いていた。
子供がいる目の前で
人を殺めるか、と。
うちの服に関しては
飛び散った時のもののようで、
少し離れた位置にはいたのだろう。
その記憶すらないので、
たまたまこの服が
置いてあっただけの可能性はある。
けれど、ゆうちゃんのものであろう
中学校の制服は…
あれは、近くに立っているだけでは
つかない量のはずだ。
制服で血を拭ったか、
それとも目の前にいたか。
目の前にいたのなら、それは…。
それは…っ。
湊「……。」
ゆうちゃんが、
手を下したのではないか…?
…そんなの決めつけだ。
目の前にいたとしても
制服の白い部分が見えなくなるほど
赤黒く染まることはあるのだろうか?
先生たちの話から、
中学時代に制服を追加で
購入していたなんて話は聞かなかった。
話していないだけかもしれないが、
途中購入をするなんてことは
まあまあ珍しいことなので、
急に新品の真っ白な制服を着て行ったら
嫌でも多少は目立つはず。
追加で買っていない…
それは買う必要がなかったから。
湊「……中学3年生…。」
となれば、うちは小学5年生。
子供用の服を着ていてもおかしくない。
何かを忘れているとしても、
幼いがあまり覚えていないだけ
ということもありえる。
だけど…中学3年生ともなれば
多少は覚えているものじゃない?
たとえ6年、7年昔のことだとしても
これだけ血の流れた出来事だよ。
湊「……。」
ゆうちゃん。
ねえ、ゆうちゃん。
もしかして、何か知ってるんじゃないの。
知っている上で隠しているんじゃないの。
あなたは一体何に怯えて
この数年間を生きているの。
あなたは、何をしたの?
隠し事をしているのは
うちの両親だけじゃない。
ゆうちゃんもだ。
この3人が何かを知って、隠している。
知らなきゃいけない。
なのに、これ以上
何をしたらいいかわからない。
殺した時のものであろう
証拠品まで出てきて、
血を検査すればきっと
だれがなくな誰が亡くなったかまでわかる。
うちの両親と…考えたくないけれど
ゆうちゃんの3人の中に
犯人がいるであろうこともわかった。
…それ以上何を。
…どうやって。
……警察に突き出す…?
悪いことをしたのだろうことは
ほぼ確定している。
それなら…警察を呼ぶほうが正しい…
正しくは、ある。
でも。
湊「………まだ…。」
結局誰が殺めたのか、
まだ分かりきってない。
今突き出したって
誰かが誰かを庇って
殺めてもいないのに
罪を被る可能性がある。
それは、違う。
それに、今もなお
ゆうちゃんとうちのお母さんが
密に連絡を取り合っている理由もわからない。
可能性としてあり得る一連の流れは、
うちのお父さんが大輔さんを
ひょんなことから殺めてしまった。
たまたま近くにうちがいた、
もしくはうちの服があった。
お母さんとゆうちゃんが目撃、
ゆうちゃんは咄嗟に制服で血を拭った。
お父さんは証拠品を全て持ち出し
別の場所に住んだ。
お母さんはお父さんを庇ううちに
精神的に弱ってしまった。
深見家は離婚しており
家にいる最後の親となった大輔さんを
殺してしまった申し訳なさから
ゆうちゃんのことを気にかけている。
…といった形だろう。
ゆうちゃんに直接聞けば
教えてくれるだろうか。
ここまでわかった、
だから教えて欲しい…と。
…今日に至るまで重要なことは
何も話さなかった彼女が、
ひとつ知られたからと言って
全て手放しにぺらぺらと喋る姿が想像できない。
聞いてみるのもひとつの手だろうが、
教えてくれるかは別である。
それはお母さんも同様だ。
お父さんに至っては
直接会う以外方法が見当たらない。
しかし、両親が連絡を
取り合っている可能性がある以上、
まだ出会うのは控えたい。
それに、手を下した可能性が高いのは
お父さんだって同じだ。
それなら。
誰に聞けば。
ゆうちゃんとお母さんが
何故一緒にいるのか。
その他でもいい。
ゆうちゃんのことについて。
湊「…できれば、町の外の人の方がいい。」
中学、高校の先生に聞いた以上
他の人に聞き回ると
それこそ印象は良くない。
既にうちが何かを
嗅ぎ回っていることは
情報として出回っているはず。
となれば、ゆうちゃんと面識のある人々でも
何も教えてくれない可能性だってある。
今は町の外にいて、
けれど町の中で暮らしていた
ゆうちゃんと面識のある人間。
そんな人…。
湊「……いない…と思っても、聞くだけ無駄じゃない。」
町のネットワークは狭い。
その分情報が回るのは一瞬だ。
けれど、さらに広ければ
特定の人にしか目につかない。
インターネットなら。
…だけど、ほぼ確定で
ゆうちゃんには届いてしまう。
……。
これが最善手である自信はない。
でも、ゆうちゃんが関わってることを
知ってしまった以上、
無視することはできない。
したくない。
湊「……っ。」
腹を括れ。
暖房はついているのに
冷え切った指先を細かに動かした。
『昔のゆうちゃんを
知っている人はいませんか。』
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