ーー惨死業録奈亡連星ーー

 ーー神殺樹(シンサツジュ)。

 それは神すらも殺すと言われる伝説の樹。

 故郷に別れを告げたヴァレナは、|迷針樹林(メイシンジュリン)を進む。

 その先にあるという神殺樹だが、その場所は誰にもわからない。

 ただひたすらに北の最果て「|永氷皇土(アイス・ロード)」から南へ、樹林を潜り抜け突き進む。


 一方、その頃。

 世界の観測者 ダルヘイムは、異変の兆候を察知していた。


 (心なしか眠りの森が広がっている気がする それに、地域ごとに気温の二極化が進んでいる......? 確信は持てないな......)


 ダルヘイムは過去・現在・未来の全てを観測する力を持つ。


 しかし、その力は無尽蔵ではない。

 彼の最大の障害はセウォルツの存在だった。


 伝承によれば、セウォルツが自らの能力を自覚した時、この世界は滅びる。


 現在、ダルヘイムの観測能力のほとんどは、セウォルツの影響を追うことに費やされていた。


 眠る対象を即座に回収する能力は彼のリソースを限界まで圧迫し、未来を観る際にも断定は難しい。


 (観測者は、観たいものだけを都合良く観てしまう......これは一種の癖だ 特に未来を観る時、それが命取りになる......)


 何か異常を知り得る方法はないのか?

 彼が諦めかけたその時、背後から声が聞こえた。


 「ねえ、ダルヘイム? 何かあったの?」


 振り返ると、そこには長身でミステリアスな雰囲気を漂わせた女性――ヘルヘイムが立っていた。


 「君は...... ヘルヘイム! いいところに来てくれた!」


 ヘルヘイム――彼女はダルヘイムですら観測できない存在であり、ある日突然姿を現しては消える不思議な女性だ。


 そして、ダルヘイムの片思いの相手でもある。


 (彼女なら何か知っているかもしれない......)


 そう思い、彼が口を開こうとした瞬間、ヘルヘイムが先に話し出した。


 「その顔、分かるわ 悩んで、何かを知りたがってる顔ね 眠りの森の広がりと、地域ごとの気温の二極化について聞きたいんでしょ?」


 驚きを隠せないダルヘイム。


 (彼女にはいつも先を読まれるんだよな...... そんなところも好きなんだけど)


 ヘルヘイムは続けた。


 「あの子が動き出したのが原因でしょうね――炎の子が」


 (ヴァレナか......! 聖戦の始まりが近いという予測は正しかったのか......)


 しかし、ダルヘイムは苦悩していた。


 彼の能力は、世界の全てを観測できても、直接干渉することはできない。

 呪われたような立場ゆえ、ただ見守ることしか許されない。


 横目でその苦悩を見つめながら、ヘルヘイムは心の中で思った。


 (世界の観測者、ダルヘイム...... あなたが私を想っていることも知っているわ でも、このことは教えられない...... 運命の七連星の秘密だけは......)


 ーー運命の七連星ーー


 ーーあまねく星が光りし時、聖戦が開かれし終焉へと向かうだろうーー


 ヘルヘイムはその中でも特別な存在だった。

 七連星の中で、三大星に仕える四つの星

 ――死星、業星、録星、奈亡星――の一つ

 録星として生を受けた。


 「三大星には、運命を教えることは許されない ただ、仕えるのみ......」


 ーー録星・ヘルヘイムは全てを知る者。

 観測する必要すらなく、世界の始まりから終焉までを知る存在だ。

 (聖戦の始まりは近い......)

 彼女の呟きは、静かに夜空へ消えていった。

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