ーー世界の観測者ーー

 ーー神殺樹(シンサツジュ)。

 それは神すらも殺すと言われる伝説の樹。

 神々の軍勢は|神堕ち人(カミオチビト)へと変えられ、|陸の孤島(ホワイト・アース)へと連れて行かれた。

 そこに静かに存在する者がいる。

 世界の観測者、ダルヘイムーー彼の見る光景は、やがて世界の理となる。


 少女は今日も、食材を求めて神殺樹の周辺を駆け回っているのだろう。


 「あっちに動く影があったぞ!」

 (腹が減って仕方がない......)

 「とにかく走りまくれ!」

 (これが疲れるという感覚なのか......)

 陸の孤島を必死に駆け回る神堕ち人たち。


 その様子を、ダルヘイムは心配そうに観察している。

 「セウォルツ......怪我をしないか心配だ......」


 やがて正午を過ぎた頃、ようやく獲物を捕らえた神堕ち人たち。

 「やっと捕まえた......」

 (神だった頃は疲れを感じなかったのに......)

 「さて、食べるとしよう......いただきます」

 (どうして以前より空腹感が強くなるのだろう......)


 神堕ち人たちは、まだ人間の体に慣れていない。

 特に新参者ほどその傾向が顕著だ。

 陸の孤島の獲物が次々に狩られていく様子を見て、ダルヘイムは危機感を募らせる。

 「日に日に食欲が増しているな......食事が終わらない......」


 熊、猪、狼、虎ーー神堕ち人たちが貪る食材を見ると、セウォルツも同じように食べているのだろう。

 「男より男らしいや......昔の君の影響かな......」

 ダルヘイムは呟き、苦笑する。


 ーー神堕ち人の苦悩ーー


 そんな中、神堕ち人たちの中から突然の悲鳴が上がる。


 「急に腹が痛くなった......どうすればいいのだ......?」


 顔面蒼白でお腹を押さえた神堕ち人たちが、困惑と苦痛に満ちた表情を浮かべていた。


 その様子を見て、ダルヘイムは悟る。


 「排泄欲......その場でしなよ」


 羞恥に震える神堕ち人たち。

 しかしダルヘイムは静かに笑う。


 「ここは|陸の孤島(ホワイト・アース)...... 白い霧が一帯を覆う未開の地 霧は君たちの姿を隠し、排泄物もすぐに分解される この環境なら羞恥心を抱く必要はないよね」


 神堕ち人たちは羞恥と安堵が入り交じる複雑な感情を抱きながら、しぶしぶ従う。

 「なぜこんな目に遭うのだ......」

 (これが人間が言う「屈辱」というものなのか......)


 そんな彼らを見て、ダルヘイムはさらに付け加える。

 「ふふっ…まあ安心して セウォルツの|愚者の絆(フール・フレンズ)は君たちに届いている 他人の行動に注意を払う余裕などないだろう 霧も、焦れば焦るほど深くなる プライバシーは保証するよ」

 (それにセウォルツ自身も、その辺で済ませているだろうしな......)


 セウォルツは羞恥を感じたことがない。

 眠りにつくまでの間に全てを終わらせるためだ。


 ーー眠りの森の呪いーー


 神殺樹の周辺は「眠りの森」と呼ばれる。

 立ち入る者は強い眠気に襲われ、セウォルツに近づくほどその効果は増す。

 もしセウォルツの目に触れた者がいれば、その瞬間、永遠に目を閉じることになる。


 「呪いの子......」

 ダルヘイムは、その事実を思い出し、胸に悲しみを抱いた。


 「君たちと直接干渉できたなら......どれほど良かったか......」

 しかし、それは叶わない。


 世界の観測者ーーそれはすべてを観測する代わりに、何も手出しできない呪われた存在なのだ。

 神堕ち人たちの苦悩など、彼の苦しみに比べれば取るに足りないだろう。

 

 ーーそして、その目に映る未来は、もはや避けられない終末。

 聖戦の始まりは、すぐそこまで迫っていた。

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