第2話電子の上でキャッチボール
彼の家を出てどのくらい歩いてたんだろう。
気づけばとっくに自宅を通り過ぎてる。
彼と私の家はだいたい二駅分の距離にあって、いつもは電車で帰るけどそんな気分じゃなかったから歩いて帰ろうとしたんだっけ。
知らない道じゃないけど来慣れていないせいかマップを開いて確認してみる。
「ここら辺か。」
現在地を理解した私は自宅までの近道をスクロールで確認しながら、自宅を通り越して意味もなく彼の家までマップを伸ばしてみる。
私何やってんだろ、気持ちわる。
夜であまり街灯もない道でボーっと佇む私の前に電柱の影から黒猫がスッと出てきた。
「うわっ!」
驚きと同時に
「なんかやだな。」
よく分からない迷信が頭をよぎって、とりあえず三歩下がってみる。
とにかく帰らなきゃ。
急いで来た道を引き返そうとしたその時、
パリン・・・・
瓶の割れたような音が後ろで響く。
「あっ」
「なんか聞いたことある音..」
その瞬間、自分の身に何が起きたのか分からないけど
気づけばその得体の知れない割れた瓶の破片を握り潰すように持って、手の平からは大量の血が出ていた。
「あれ、なんでだろ、痛くない。」
ちょっと舐めてみよ、うん、ちゃんと鉄の味。
自分でもなんて奇妙な行動、でも謎の狂気に駆られて意図なくやってしまっていた。
「まだ全然生きれんじゃん。」
どこから湧いてきたのか分からない自信。あとは喪失感と復讐心が一気に込み上げる。
せっかく調べた近道は使わず、来た道をなぞるように真っすぐ家に帰った。
「ただいまー。」
いつもは声に出さないくせに今日は自然と出ていた。
一人暮らしに「おかえり」なんて返ってくるはずがないのに。
もちろん返ってこなかった。
ふうっとため息をつきながら靴を脱ぎ、部屋の電気を点ける。いつもと変わらない風景。
「手洗い、うがい〜」なんてボソボソ呟きながら洗面所へ向かっている時だった。
♪〜
スマホの着信が鳴る。
時計を見ると深夜一時、こんな時間に誰からだろう。
急いで手を洗ってスマホを取りに行く。
「あっ」
彼だった。
私は何も考えず、すぐ緑の受話器ボタンを押して電話を取った。
「もしもし?」
いつものちょっと低いあの声のトーン。
数時間前まで会ってた人の声なのに、久々だなあなんて感じてしまう私。
「あっ、もしもし?仕事お疲れさま。」
他愛もない会話なら、いつも通りの彼で喋ってくれるかな、そんなことを考えて言った私なりの精一杯の返事。
「ちゃんと家まで帰れた?」
何それ、染みる。まるで真冬のキンキンに冷えきった体に熱湯をかけられて溶けていく気分。
ああ、優しいな。こういうふとした優しさが好きなんだよなあ、なんて浸りながら
「うん、帰れたよ。さっきは気失っちゃってたみたいでごめんね。」
この言葉しか出て来なかった。彼の優しさに浸ってる時間があったら会話を続けないと。このキャッチボールの球は私から絶対落とせない、必死だった。
「それで続きなんだけど..」
すぐさまボールは返される。
彼はある意味、真摯に私と向き合おうとしてたのかもしれない。
そんな彼の気持ちとは裏腹に、私は食い止めることだけを考えて、ただただ必死だった。
「電話で言わなきゃだめなの?」
焦ってる。
電話越しの彼にもきっと伝わるくらいのスピードで、豪速球を投げつけるように返す。
「そんなこと思ってないよ。」
「ただちゃんと帰れたか確認したくて電話しただけだから。」
ほら、また優しい。
「そっか。」
なぜかそっけなく返事してしまう私。
猫になってでも 小鳥遊らら @xiaonyuri_22
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。猫になってでもの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます