第4話 幸せとは

「ここ、最上階のエレベーターホールから右側に向かうと、貴方が一番最初に訪れたデウス様のお部屋です。入ることは一般的にはございません。左側に向かうと執務室と呼ばれる場所です。こちらは主に上官の方たちが務めていらっしゃる場所です。アリア様やプロム様が働いてるところと言えば貴方にとっては分かりやすいでしょうか」

 昨日に引き続き、ウィルはサルサのために城の案内をしていた。昨日の案内は主に生活に必要な、食堂や大浴場等の施設の場所に加えて、ウィルがよく顔を合わせてる仲間の紹介であったが、今日は一転して立場が偉い人たちが住んでいる場所なんかの説明であった。そのため、サルサは少し前からずっと、目をグルグルと回していた。

「…………疲れましたか?」

「あ、え、い、いいえ! まだ、というか全然平気です!」

「そのようには見えません。一旦休憩しましょうか。エレベーターで一個下の階に向かいますね」

 ちょうど良いタイミングで来たエレベーターにウィルが先に乗り込み、サルサもそれについて行く。沢山並んでいるボタンの上の液晶に手の甲をかざしてからウィルはボタンを押した。その様子を見ていたサルサが恐る恐る尋ねる。

「…………エレベーターを乗る時、いつも何をしていらっしゃるのですか……?」

「……なにを、というのは、もしかして甲をかざしていることですか?」

「は、はい…………」

 『チンッ』という軽い音と共にエレベーターの扉が開く。

「……後で教えます」

 ウィルはそう言って微笑みながらエレベーターを降りた。

 最上階はデウスがいることもあってか、荘厳な雰囲気であり、物音一つ聞こえはしなかったが、たった一階降りただけのこのフロアは騒がしい声で賑わっていた。

「ここは、主に休憩所や数少ない娯楽施設があるところです。本来は城外にしかないのですが、ごく限られた一部の施設のみ、城内でも運営しております。とはいえ、貴方は入ることは出来ないのですが。今日の目当てはこちらです」

 エレベーターホール前の少し狭めの通路を抜ければ、テーブルと椅子が行儀よく並べられたスペースへと抜けた。談笑する者たちで賑わっているそこは人間界のカフェか何かとほぼ変わらなかった。違うのは彼らに角が生えていることだけである。

「こちらへ」

 ウィルが手で指し示したのはそんなスペースの一番端の席だった。サルサがキョロキョロと辺りを見回しながら席につけば、ウィルも座っていた他の者たちに向かって軽く一礼をしてから席についた。

「ここは休憩スペースと呼ばれています。特に許可無くどんな者も、どんな用途でも使用できます。サルサさんも何かありましたらここへ」

「…………は、はい……」

「それから、エレベーターの中で尋ねられました事についてですが、身分証のようなものが甲に掘られています」

 そう言いながらサルサに向かって右手の甲を差し出した。黒い紋章のようなものがしっかりと刻み込まれている。

「どんな役目についてるか一目で分かるようになっています。今の私は貴方の教育係ですのでそこそこの高さにいます。貴方はないです」

「…………入れる時痛そうですね」

「若干の痛みはありますが、そこまででも…………。でも、貴方はまだ心配することではありません」

「…………一年間、入れられないからですか……?」

「一年間では無いです。そこは、流石に。でもしばらくはない話です。エレベーターも使えないので基本的に部屋まで私が迎えに行く形になります。…………さて、少し休憩でもしましょうか」

 ウィルは軽く息をついて咳払いをした後に言った。

「…………世間話として、何かネタはありますか?」

「…………え、ね、ネタ……ですか」

「はい。貴方が私と話したい話をどうぞ」

「話したい話…………」

 サルサは困ったような顔で思案した後、おずおずと口を開いた。

「ウィルさんにとっての『幸せ』ってなんでしょうか……」

「…………幸せ、ですか」

「すみません、変な質問をしてしまって!」

「いいえ。面白いと思いますよ。暇つぶしにはこれくらい定義として難しいものの方がいいでしょう」

 サルサが真っ青な顔で謝罪をしたのを肯定しながらウィルは微笑んだ。

「そうですね、幸せ……。私はやはりデウス様のために動いてる時が幸せではありますけども」

「…………すみません、ボクなんかのためにその時間を割かせてしまって……」

「すぐに謝罪が出ますね、貴方は。……貴方の教育係をするのはデウス様に命じられたからなので、これもデウス様のために動いてるのと同義ではありますよ」

「なる、ほど……」

 納得のいかないような様子で、だがしかし反対するのもおこがましいといった感じで言葉を紡いだサルサに向かってウィルは問いかけた。

「貴方は?」

「ボクの、幸せは…………」

 サルサは口をつぐんでしまった。

 分からない、わけではないけれど、果たしてそれがちゃんとした幸せなのか全く検討もつかなかったからだ。

「……わかりませんか?」

「…………難しいです。幸せを、感じたことはあまりなくて」

 その言葉に驚いたように目を見開いたウィルは、やがて柔らかい笑みを見せながら言った。

「………………じゃあ、ここで見つけましょうか。貴方の、幸せ」

「…………ボクの、幸せを……?」

「ええ、ここで一年間は過ごすのですから、きっと一回くらいは貴方が幸せだと感じる時も来ると思いますよ」

「そ、そうですかね……!」

 嬉しそうに笑ったサルサに対してホッとしたように息をついたウィルは、懐中時計を見やってから立ち上がった。

「そろそろ行きましょうか。いい具合に休憩もできた頃でしょうし」

「は、はい!」

 サルサも勢いよく立ち上がりながら返事をする。その顔は来た時よりもほんの少しだけ晴れやかであった。

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