第3話 日の出

 サルサは至極貧乏な家の出であった。

 そもそもレグヌス王国というのは、別にきちんと仕事をしていれば安定した生活が送れるレベルの国ではあったが、サルサの父親はギャンブルに手を出してしまっていた。そして、彼には運がないに等しかったのだ。サルサが稼いできたお金も父親が稼いだお金もほぼ全てギャンブルへと注ぎ込まれ、全てが意味の無い紙切れへと変わる。借金をしていないのが唯一の救いという具合だった。

 そんな家で生まれ育ったサルサは少しでも多くお金を手に入れるため早朝から、早い時は日の出前に仕事へと行くことが多かった。そのため、早起きが得意だったのだ。

 やはり魔界に来てからも同じ生活を身体が覚えてしまっており、彼は五時に目を覚ました。

 部屋にはトイレと洗面台がついている。「風呂のみ大浴場で済ませてくださいね」とウィルが言っていたのを思い出しながら、サルサは洗面台で顔をゆすいだ。

 大きく息を吐いてから制服に袖を通す。やはり緊張するようでもたもたとしていればあっという間に六時を過ぎていた。

 レグヌス王国ではもう間もなく日の出の時間であり、同じ時を刻んでる魔界も同じであろうと何気なく窓を見やったサルサは息を飲んだ。赤い月が空に昇っている光景を見たからである。

 小さくノック音がしたあと、少しの間を開けてウィルが顔を出す。

「おはようございます、サルサさん。…………今日はちゃんと用意された制服に着替えていますね。学習ができない方ではないようで安心いたしました」

「お、おはようございます。ウィルさん、空が…………」

 ハワハワとした様子で、挨拶もそこそこに訴えかけたサルサに対して、ウィルは柔らかく微笑みながら言った。

「……あぁ。初めて見る光景であれば驚かれることになりますか」

「あれはなんですか。月……ではありませんよね」

「月ですよ。『赤い月』です」

「いや、だって…………月は、夜にだけ……」

「それは人間界の常識でしょう? こことは勝手が違うんですよ。こちらでは『赤い月』と『青い月』が存在します。貴方の知ってる月は『青い月』の方だと思いますよ」

 ウィルはサルサの顔を真っ直ぐと見やった。困惑に満ちている彼の顔をしばらく見た後、胸ポケットから懐中時計を取り出して、確認しながら口を開いた。

「今日は昨日言ったように城内案内をいたします。広いので日は分けますが、出発は早い方がいいんですが」

「す、すみません……!」

「いいえ。咎めてはおりません。ただ、そうですね。そんなにいちいち驚かれるとなると、若干のやりづらさは感じてしまうかもいたしませんね」

「ふ、不快にならないように精一杯つとめます!」

 ウィルは腰を折り曲げてお辞儀をしたサルサに対して、冷ややかな視線を送った末にため息をついた。まるで、そんな態度は求めてない、とでも言いたげである。

「…………まぁ、いいです。行きますよ」

 ウィルは扉を開いて外に出ていく。サルサも慌てて後を追うことにした。

 窓の外では赤い月がちょうど全部顔を出したところであった。

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