第2話 今年の抱負

 サルサが目を覚ませば知らない場所だった。

 起き上がっても知らない景色しか見えず、彼は勢いよく立ち上がったところで、供物としての務めを果たすために魔界にやって来たことを思い出した。

 供物としてやって来たからには、何かの儀式に使われたり、食物として食べられるとサルサは考えていたが、実際にデウスから言われたのは教育係をつけた上で仲間にしてやる、なんて申し出だった。

 一晩経った今でも全く状況が飲み込めず、一つ深呼吸をしたところで、ドアがノックされた。

 慌てて扉を開こうとノブに手をかけようとした時に扉が外に向かって開き、一人の青年が顔を出した。

 紺色の髪に金色の瞳をした青年は、今まで魔界でサルサが会った者たちとは異なり角が生えていなかった。

「…………お、おはようございます」

「もうお昼ですよ。…………出直しますから支度が出来たらドアを開けてください」

 青年はそう言って扉を閉めようとしたが、サルサが小さく呟いたことで動きを止めた。

「…………し、支度……?」

「…………支度は支度ですが……。あそこに用意されてる服に着替えてくださいね。……まさか、そんな品のない格好で城を歩き回る気じゃないでしょう」

 物腰は柔らかく、だがしかし少しだけ冷たく青年が言ったのに対して若干首を傾げながらサルサは口を開く。

「…………ボクは供物なので、あそこに掛けられているような立派な服は着られません…………」

「……デウス様は貴方のことを仲間として受け入れようとしているんですよ。貴方がその格好のまま城内を歩いてしまったら、デウス様のご尊顔に泥を塗る羽目になります。どうぞ、着替えてくださいね」

 話は以上とばかりの雰囲気で青年は扉を閉めて、サルサは恐る恐る用意された服に着替えることにした。

 黒いベストとシャツに、黒いハーフパンツと白いタイツ。一緒に置いてある靴も黒い革靴だった。全てシンプルなものではあるものの、使われている生地は上等なものであり、縫製もとても丁寧にされていた。それもそのはず、城のイメージを崩さぬように城内で皆が着ている、いわゆる制服のような物は全てオーダーメイドのものであった。なので、サルサが袖を通せば、寸分の長さも違わずにピッタリとフィットした。

 全ての服を身につけたサルサは大きく息をついてから扉を開いた。

「お、終わりましたが…………」

「……ピッタリですね」

「…………こんなに高級そうなお洋服をボクが身につけていいのでしょうか……」

「高級そうも何も、全員が身につけるものですよ。…………流石に私と貴方では服の形は異なりますが……」

 青年は小さく微笑んでから、サルサの手を取って言った。

「……改めまして、私の名前はウィルと申します。今日から一年間、貴方の教育係として任命されました。よろしくお願いしますね、サルサさん」

「……よ、よろしくお願いします…………。い、一年間ですか…………」

「はい、一年間です。とりあえず、という話ですが」

「とりあえず……?」

「一年後まで使えるようになってもらわないと困る、ということみたいです。来年にはまた貴方のように供物として一人捧げられてしまいますから。それまてまに、と言った話でしょうか」

「一年間………」

「なので、貴方の今年の抱負はこの城の常識を覚えて、少なくとも城の常勤勤務の方ぐらいにはなる、といった感じになります」

「わ、わかりました…………」

 サルサは噛み締めるようにそう言った。

 一年間。長いようで短いような時間。その間に供物、ではなく城の職員にならなくてはならないというのは、サルサにとって到底達成できそうもないように感じられていたが、ともかく頑張るしか無かったのだ。

「今日は顔合わせとだけなっています。城内案内なんかはまた明日に回させていただきますね」

「…………な、なんで、ですか……」

「沢山詰め込みすぎても良くないですし、今日は一日、私と一緒にお部屋で過ごしてください。昨日は寝る前にここに案内されただけでしょうからね」

 ウィルはそう言いながら微笑んだ。

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