いずれその身もそこに染まる

シオン

第1話 新年

 大陸で一番大きな国、レグヌム王国はその日新年を迎えた。

 新年の一日目、一番最初に行われるのは、神様に供物として人間を一人差し出すことであった。

 日が登ると同時にやってきた角が生えた切長の青い瞳の少女に対して、国王は恭しい態度で言った。

「おお、ご機嫌麗しゅう。天界の遣いの御方」

 国王自ら腰を折り曲げて挨拶をしたというのに、少女は一瞥をくれただけで、小さくため息をついた。

「………うるさい。そんなことより供物はまだか。あまりもたもたしているとデウス様がお怒りになられてお前たちの国など簡単に潰してしまうかもしれないぞ」

 冷たく偉そうに言った少女に対して、国王は若干恐れおののいたのか、自分の後ろに隠れていた少年を前に出して言った。

「ああ、そんなことは仰らずに。どうぞ、こちらが今年の供物の人間でございます。歳は今年で十二歳。貴方様がたに対して敬意と崇拝の心をきちんと持った少年ですよ」

 そう言った後に鋭い目付きを少年に向けた。数秒の間をおいて、少年が口を開く。

「………………あ、あの、はじめまして、天界の遣い様。今年、貴方様がたの」

「御託はいい。用意した供物が気に入るか気に入らんかは、デウス様が決めることだ」

 少年の言葉を遮って少女は冷たく言い放った。

「用は済んだ。私は失礼する」

 少年の手を掴みながら少女は背中から羽を広げた。そんな姿を見ながら国王が口を開く。

「……気に入られたかどうかはどうやって分かるのですか」

 その言葉に対して、少女はバカにしたように笑った。

「そんなことを伝えられるような分際だと思ってるのか? …………まぁ、あえて言うなれば、これから始まる一年間、幸福に満たされていたと感じられたらデウス様が満足なされたと考えればいいんじゃないか」

 少女はそう吐き捨てて少年を抱え込みながら空へと消えていった。

「…………気に入ってくださるといいのだが……」

 国王は小さく呟いた。


「ご苦労だった、アリア」

 黒い城の最上階で赤色の豪華な椅子に腰掛けている、険しい顔の黒い立派な角が生えた男はそう言った。

 国王に不躾とも言える態度を取っていた少女は、片膝をつきながら、深々とお辞儀をして言った。

「お褒めに預かり光栄でございます、デウス様」

「下がって良いぞ」

「……はっ」

 アリアはもう一度お辞儀した後、静かに立ち上がり部屋を立ち去った。

「……さて、少年よ。そなた、名前は何という」

「………………名前、ですか……? ボクは神様の供物として生まれたも同然。名前なんていう素晴らしいものはボクには付いておりません」

「…………なるほど、名無しか。それなら、『サルサ』はどうだ」

 そう優しい口調で問いかけたデウスと対照的に慌てたような口調で少年は言った。

「そんな! デウス様に名前を頂くなど滅相もございません……!」

「だが、供物と呼ぶには気が引ける。それならば我々の言葉で供物と意味のあるサルサと呼ぶことにしようと思ったのだが」

「ですが……」

 なおも言葉を続けようとする少年に向かってデウスは冷たく言い放った。

「……これ以上の抵抗は、我への反対だと受け取るぞ。お前は供物として来たのだろう。我に反旗を翻して果たして何の為になるのだ?」

 少年が発しようとした言葉はそれ以上声にはならなかった。すっかり怯え恐れた顔で、少年は呟いた。

「…………デウス様からの祝福に心より感謝致します」

 その言葉を聞いたデウスは柔らかく微笑んだ。

「……それでいい」

 少年は、息をそっと吐き出した。そうして彼はこれから『サルサ』という名前を名乗ることになる。

「さて、サルサよ。人間というものは供物というものに対して何らかの勘違いをしているようだが、我々も必ずしも殺したり利用したりする、というわけではない。だいたい、供物を捧げ始めたのは人間の方なのだ。毎年貰えば迷惑にもなるから殺すことも多いが、まぁ、そなたは使えそうだしな……」

 デウスは少しの間、目を瞑りながら肘置きの部分を爪でトントンと叩いていたが、やがて目を開けて言った。

「……お前に一人、教育係をつけて我々の仲間になる教育をしてやろう」

「………………なんと……」

「もちろん、使えんと感じた時点で他の供物と同じような運命を辿ることにはなるが、上手くやればアリアと同じ立ち位置につかせることもやぶさかではない」

 サルサは真っ青な顔をした後、素早く土下座の体制になって言った。

「素晴らしい役目に……さ、サルサを任命していただき誠にありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」

「……うむ。まだ、何も決まってはおらんが、そなたにとっては教育係がつくというだけでも大したものだろうな。とはいえ、今日はもう遅い。青の月がもうすぐ沈む頃だ。この話はまた明日にするか。…………プロム」

 デウスがそう呼びかけると扉が開き、青年が姿を現した。

「お呼びでしょうか」

「うむ。二階の二十四番の部屋にその少年を連れていってくれ」

「……供物を、ですか」

「サルサだ。教育係をつけて、育ててみようと思う」

「…………ああ、アイツは上手くいきましたからね」

 若干を目を伏せながらプロムはため息をついて、サルサの方へと向き直った。

「…………お前の部屋へ案内する。ついてこい」

 サルサはデウスに一礼をしてから、早歩きで歩いていくプロムのことを慌てて追いかけた。

 デウスはその姿を眺めながら小さく微笑んだ。

「あやつはどんな姿を見せてくれるのだろうな」

 こうして、サルサは人間たちの信じる神様の住む天界…………、いいえ『魔界』で過ごすことになったのだった。

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