ベロニカのように死ぬことにした

植田伊織

2025年 1月8日 決意の日

1月8日


 私には、苦労に応じた幸せが、迎えに来ると信じていた。


 苦労相応の報い。

いままでの涙が帳消しになるような、奇跡のようなもの。


 シンデレラにしては、継母と義姉の精神がおかしな家族だったように思うけれど。

 迎えに来てくれた王子様との愛は、時と共に冷え。


 きっと、私の頑張りが足りないのだ。

 もっと、王子様の求める完璧なお姫様にならないと。


 従順な奴隷を求められたシンデレラは次に、理想的な皇女を演じなければならなかったのかも知れない。


 がんばっていればきっと、幸せの青い鳥が舞い込んでくれる。

 魔法が溶けて、カボチャに戻ってしまった馬車だってきっと、あの日のように、私を「ここ」から連れ出してくれる。


 そう信じたかった。


 ドロシーのように、虹の果てへ宝物を探しに行った事もあったけれど。虹のたもとには何も埋まっておらず、霜が古い土を押し上げて、空虚な狭間があるだけだった。


 宝物を見つけるまで、何度も何度も諦めず、冒険の旅に出るべきだったのかも知れない。


 しかしその決意は、「お前など何をしても無駄なのだ」という天啓の前で、蝋燭を吹き消されるかの如く、掻き消えた。


 踏み出さなかったのは私だ。

 踏み出せなかったのも私だ。


 指の狭間から知識が零れて行って、凍てつく空の彼方へ消えてゆく。拾い集めるのにかかる時間を思うだけで、眩暈がした。


「明日は、誰かが生きたかった今日だ。

             私の死にたかった、明日は」


 ぬるま湯の中で手首を掻き切るかの如く、弱々しい切り傷を、周囲に見せびらかして同情をひいて。

 私は一体、何をしているのだろう?


 十年後、私はこの世を去ろうと決めた。

 ヴェロニカのように、死ぬことにしたのだ。


 実際、決行の日に誤差もあるだろうし、身辺整理や家族のしりぬぐいをしなければならないから、『20日後のなんとか』のように、完全にやり遂げられるかはわからない。

 びびりだしね。


 しかし、この世に見切りをつけた事で。

 決断した事で、すっきりした気がする。


 私は、真実の愛が欲しかった。


 誰かに与えられてもらえると信じていたそれは、己が誰かに与えなければ、再び出会うことはないらしい。


 膨らんで行く愛情の負債。


 我が子の無償の愛を前にして、高利貸しのような気持ちになるのはきっと、「こどもとして愛される経験」を求めているからだ。


 二度と経験できないそれを、見知らぬ誰かに求めようとしたけれど。

 どんな人間にも短所と長所があるように、完璧な愛情など存在しないのだと、私は今日、悟った気がする。

 春樹曰く、完璧な絶望もまた存在しないように。


 これ以上は頑張れない。

 そんな自分を鼓舞するのはやはり、死への希求なのだと思う。


 来るかわからない希望より、確実に迫る「死」に対処するために、私は期限付きで生きようと思う。

 ここに少しずつ、死出の旅支度を記録しよう。


 別に絶望に支配されているわけではない。

 きっと、死を原動力にした私にもお役目があって、それを果たすことは出来ると思う。

 幸か不幸か、理性は死なないようだから。


 太陽のように、誰かを照らす存在になってみたかった。しかしそれは、私の役割ではないようだ。

 可愛いあの子に、役柄を譲るとしよう。

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