第2話『ラスボス』

「あ……? あのっ……どなたでしょうか……?」


 これまでに見たことのない男性がそこに居て、私は驚いていた。


 ひと目見て驚くほどに、美しい男性だ。けれど、生粋の貴族である私の記憶には、見覚えがない……彼はこの国の王族や貴族ではないと思う。


 何故かというと、社交が仕事の貴族たちは顔や階級などを真っ先に叩き込まれるからだ。


 ……けれど、城の中に普通に居て、私の方を不審者だと言わんばかりの態度を見せる高位貴族のような男性……一体、彼は何者なの?


「……俺に名前を聞くならば、そちらが先に名乗るべきだと思うが?」


 ……これは、ただ者ではない。


 高圧的な物言いや、繊細な刺繍のある豪華な衣服が見えて、私は慌てて立ち上がった。


「大変失礼致しました。私はウェザレル伯爵ヘンリーの娘、エステラと申します」


 正式に名乗り上げながら敬意を表すために、私はカーテシーをした。


 パッと顔を上げると凜々しく整った容貌の中にある、赤い瞳と目が合った。真っ黒い髪に、黒を基調とした服を着用している。


 あら……どこか禍々しい雰囲気を持つ男性だ。なんだろう……ここから逃げ出さねばと、誰かから警告されているような……不思議な気配がした。


「俺は、ブライアン・ドライデンだ」


 ……はい! 『ドキデキ』の代表的な悪役、ラスボスだったー!!


 こんな偶然……あり得ない……あり得ているけど。不気味な悪役ブライアン、こんなにも美形な男性だった!


「あっ……ブライアン殿下っ……申し訳ございません」


 彼はエイドリアンの叔父にあたる王弟で、王族ではあるけれど、現王である兄に憎まれていてあまり城には居ない。


 実はこの後すぐにブライアンが無実の罪で投獄されてしまう事件があるのだけど、私は獄中の拷問などでボロボロになってしまい包帯でぐるぐる巻きになり、ミイラのようになった恐ろしい姿しか見たことはない。


 まあっ、素敵……こんなにも、美形な王弟だったんだ。


 えっ……やだ。ブライアンったら、好みのタイプかもしれない。


 私は正直曇りのない正統派王子様より、少し影のあるタイプが好きなのだ。


 実はエイドリアンもブライアンや彼の手の者により多くを失い、今後影のあるタイプになるのだけど、今は明るく爽やかなだけの王子様という印象。


 だから、私の好みで言うと、現在は断然ブライアンだった。


「ああ。こそこそとのぞき見していると思えば、信じがたいことに、伯爵令嬢なのか……あまり、不審な行動を取っていると、変な噂が立つ。見つけたのが俺で良かったが、今後は気をつけるように」


 しかも、優しいー!! 注意と共に『今回は特別に、見逃してやる』って言ってるー!! 素敵ー!! 抱いてー!!


 ……そうだった。ブライアンは兄王に嫌われていて、投獄された上に片目や色んなものを失うことになるんだけど、その憎しみはまず兄王の息子エイドリアンに向かった。


 だって、兄王だって最も愛する息子を喪えば一番悲しいでしょって事なんだけど……。


「あのっ……ブライアン殿下」


「なんだ」


 立ち去ろうとした寸前、私はブライアンに声を掛けた。


「私……ブライアン殿下の、お妃に立候補したいです! はいっ!」


「……はあ?」


 私は真っ直ぐ右手を挙げてお妃になりたい意思表明をすると、ブライアンは腹の底から出したような声を出した。


 何よ。失礼な……私は花も恥じらう年頃の、そこそこ可愛い貴族令嬢なのに、喜ぶところでしょー!!

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