異世界恋愛でしか摂取出来ない栄養がある。

待鳥園子

第1話『異世界最高』

 私は異世界恋愛が好き……美しいドレスに高価なレースに、着飾る優雅な貴族令嬢になりたい。


 次点で、お姫様でも良い。どうしてかというと、貴族より王族の方が責任重くて大変そう。なんて嫌な計算してしまう、悲しきブラック会社員。


 ……仕方ないわ。世の中は、ままならない事が多すぎだもの。


 それに、異世界では現実世界では絶対に出会えないようなひと目見ることも難しいような、王子様と恋に落ちるのよ。


 次点として貴族令息でも良いし、騎士団長でも可。百歩譲って、大金持ちのスパダリっぽい美形の男性なら概ね可。


 世知辛い現実を忘れて、浮世離れした愛され物語に没頭出来る……そんな、うっとりとするひと時。


 それさえあるならば、私は上司の怒鳴り声にも、お局のモラハラにも、良くわからない嫌がらせを繰り返す同僚からも、意識を外して逃れることが出来る。


 あ。そういえば、そんなの居ましたっけ? となるように、高原で新鮮な空気を深呼吸したような気持ちを新たに出来る。


 どう例えれば良いのか……私にとってそれは、他の誰かが野菜や肉を食べるような……この汚い世界を生き抜くための、必要不可欠な栄養素補給の大切なお時間。


 これがないと、もう生きられない。


 現実逃避したいのは、現実が駄目過ぎるせいよ! 私だって普段からドレスが日常着で王子様から求婚されていたら、別にそれを物語で読みたいなんて思わないもの。


 別に誰に馬鹿にされてもぜんぜん構わない。私は異世界恋愛が、好きなのよ! 何か文句ある!? 生きるために必要なんだけど!!


 そんなこんなで延々素敵妄想して、気がつけば理想を思い描いて居たら、私はいつの間にかしがないOLから、好きだった小説の世界に居るモブ令嬢に異世界転生していた。


 転生したばかりの時には確かに驚いたけれど、すり切れるほどに数限りないほど読み返し、私以上にこの小説が好きな人間は、あの日本には居なかっただろうと言い切れるので、順当な転生先であると言えるのだと思う。


 ……願うことは無駄ではないと、元の世界の子どもたちに伝えたい。今ではもう、伝えられないけど。


 私が生まれ変わったのは『ドキッ★婚約破棄されたけれど、何故か王子様に溺愛されました』の世界。『ドキデキ』の略称で親しまれていた大人気小説だった。


 そして、私はヒロインシャロンと同い年の貴族令嬢、エステラ・ウェザレル。


 小説の中では名前の『エ』の文字も出てこなかったモブなのだけど、彼女とは同じ伯爵令嬢なので、ヒロインシャロンと王子様エイドリアンの恋の行方を、近くで見届けることが出来る! という、最高の立ち位置だった。もう一回言うわ。最高。神様ありがとう。


 読み過ぎて紙の本は数冊買い換えるほどに好きだった小説なので、どこで何が起きるかという時系列もそらで言えてしまうほどに把握済だ。


 そして、私は今日も今日とて、城のある石塀の隙間からシャロンとエイドリアンの恋を見て楽しんでいた。


 シャロンはある誤解をしてエイドリアンを避けていたんだけど、そんな彼女を追い掛け、エイドリアンは必死で説明して抱きしめる……そんな姿を、遠目からしっかりと観察していた。


 城の中にある庭園での出来事なので、人目は少ない。けれど、そこで起こる出来事を完全把握している私には絶好の観察スポットだったのだ。


「はー……最高なのよ。本当に……リアル『ドキデキ』最高なのよ」


 よだれをたらさんばかりに、私の顔は現在にやけていると思う。でへへ……最高な瞬間を肉眼でありがとうでございます。異世界でも生きて行けます。


「おい……何が、最高なんだ?」


 不意に男性の声が聞こえて、私は慌てて後ろを振り返った。

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