僕の天使様

疾風のナイト

僕の天使様

「私のことエンジェルって呼んで」


 目がパッチリとした女の子が僕に言う。スタイルが良く今時の女の子といった感じの女の子。


 彼女とは同じ学年同士であり、それほど親しい訳ではない。ただ、道すがらに何度か挨拶か会話をしただけだ。


「ねぇ、エンジェルって呼んでよ」


 再度、にこやかな表情で彼女が言葉をかけてくる。陰鬱な僕とは違って笑顔が眩しい。まさしく天使の微笑みのようだ。


「分かったよ」


 抑揚のない口調で僕は言う。ただ、彼女をエンジェルと呼ぶことは少し恥ずかしくなる。


「ありがとう」


 満面の笑みでお礼を言う彼女。そのままどこかへと去ってしまう。恐らく教室に戻るのだろう。


 僕には両親がいる。普段は明るいが、気分の浮き沈みが激しく、怖い父親。母親もそうだ。彼等ことは好きであるが、どこか恐怖心めいたものを抱いている。


 僕には姉が2人いる。成績優秀で今は大学進学のため、遠くへと引っ越した1番目の姉。最近、同級生の男子と交際を始めた2番目の姉。

 2人の姉は幼い頃から僕のことを手助けしてくれたが、どこか遠い存在にも思えて仕方がなかった。


 今までそれなりに平穏だった僕の家。だけど、周りには少しずつ暗雲が立ち込めようとしている。


 僕には取り柄がない。勉強ができる訳でもなければ、運動ができる訳でもない。遊びのゲームでさえそうだ。


 僕には友達がいない。ゲームで遊ぶ仲ではあるけれど、ただそれだけだ。


 一体、僕には何ができるのだろう。僕は何をしたいのだろう。問い掛けても答えは出てこない。


 そんな時だった。


「私のことエンジェルって呼んで」


 同じ中学に通う女の子が声をかけてきたのだ。一体、何の理由でそんなことを言ってきたのだろう。考えても分からない。


「でも……」


 僕は言葉を紡ぐ。自然と悪くない気分だ。それどころか、閉塞した僕の中に一陣の風が吹き込んできたかのようだ。温かくて心地の良い風。

 もしかすると、彼女は本当に天使なのかもしれない。


 次の休日の朝。僕は目を覚ます。いつもならまだ布団の中で眠っている頃だ。


 僕は着替える。白いTシャツと黒のズボン、運動に適した服装だ。


 洗面所で身支度を整えた後、僕は玄関に向かう。家族もまだ眠っている時間だ。


 扉を開けて外に出る。思っていた以上に涼しい。


 これから僕はウォーキングに出る予定だ。自分なりの新しい取り組みだ。

 本当であれば、ランニングから始めるべきなのかもしれない。でも、これが僕の精一杯なのだ。


 今まで僕は努力らしいことをしてこなかった。学校の宿題もしてこなかったし、クラブ活動だってそうだ。友達付き合いだって、他人から好かれることをしてこなかった。何もかもが中途半端で終わってしまい、何も成し遂げることができなかった。


 だけど、そんな僕はもう嫌だ。変わりたい。自分自身を変えたい。気がつけば、切に願うようになっていたのだ。


 そうであれば、僕にできることを始めよう。このウォーキングはそのための1歩なのだ。


「行こう」


 自分に言い聞かせるように独り呟く。そして、徐々に明るくなる外へと向け、僕は1歩を踏み出したのであった。


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