第3話 神様

 あの事件から三年が経った今でも、犯人は捕まっていなかった。そして私は、あの件を境に学校に行けなくなった。周りのクラスメイトは、私が不良だから事件に巻き込まれたと噂し、距離を取り、やがて私はすべてを諦めた。


「かんなぎ、って言っていたよね」


 だから私は、片っ端から鳥取の喫茶店を当たったのだ。私が監禁されたのが鳥取だったのもあったし、なぜだか近くにかんなぎなる人物がいるような気がして、私はとかく、喫茶店を当たった。

 そのさなかに、カノカさまという占い師の存在を知り、私はかんなぎの存在を確信するに至った。カノカさまのプロフと出品欄は、暗号になっている。一見するとただの占いや願望成就の出品だか、不幸のメールと同じく、あれをアルファベットありきで考えると答えが記される。


I am The Eleventh Girl


愛(I)を持って承ります。栄(A)光を求めるもよし。微笑む(M)勝利の女神を求めるもよし。丁(T)寧な対応を心がけています。貴方に叡智(H)を授けます。いい(E)結果になりますよう、全力を尽くします。

全力を尽くしますが、いい(E)結果になるかは最終的にはあなた次第です。得る(L)ものがありますよう、いい(E)ものになりますよう、全力を尽くします。

施術後、好転反応として頭や関節など体の部位(V)が痛むことがありますが、その時は水を沢山飲んで安静にしてください。悪い反応ではなく、いい(E)方へ向かってる証ですので御安心くださいね。


私は幼い頃から目に見えぬ(N)もの達と対話してきました。その力を生かすために占いの道に進みました。たくさんの方に施術をしましたが、好転反応が現れる方は期待する未来が訪れやすいです。

丁(T)寧に体と向き合っていけば、好転反応も乗り越えられます。

望む未来へ1番(H)の近道なんてありません。ゆっくりと進んでいきましょう。

ご依頼の後は辞意(G)を示されてもキャンセルは受けかねます。

愛(I)を持って対応しています。ご了承くださいませ。

ある(R)いは、まじないがご自身にはね戻ることをご了承いただけるのでしたら、キャンセルを承ります。

欲しいものを得る(L)ためには多少のお時間をいただきますが、必ず望む結果をお引き寄せします。どうぞよろしくお願いします。



I LOOK for kannnagi


愛(I)を持って承ります。

よく考える(L)ようにしてご依頼ください。

人生を謳(O)歌している人には不向きです。謳(O)歌していない人は、まず私が計(K)算した方法により、まじないをかけさせていただきます。

まじないのあとに絵符(F)を送らせていただきます。運営様へ。商品のない出品ではありません。

まじないにはご自身の名前、または対象者の名前を書きます。

私はいかなる願いも応(O)援します。そのために、ある(R)程度計(K)算を正確にするため、具体的な内容をいただけると助かります。

栄(A)華を夢見るもよし、未来へ抜(N)かりなく準備するもよし。普段得ぬ(N)ものを取るも良し。栄(A)光を夢見て対象者またはあなたにまじないをかけます。

さあ、汝い(G)つのときも健やかにあれ。愛(I)と未来を手に入れん。


 つまり、あの場所には十人の女の子だけではなく、十一人目の女の子が存在したのだ。私の予測が正しければ、その十一人目は、あの犯人の女となんらかの関係がある。どちらもかんなぎを探しているからだ。そして十一人目の女の子が、カノカさま。


***


「やあやあ、鈴ちゃん、励んでる?」

「結斗さん、私にばかり雑用させないでくださいよ。ここは結斗さんのお店ですよ?」


 私がここにアルバイトに入ったのは、なにもお店に惹かれたからではない。あの日、私を助けてくれた『かんなぎ』なる男性からしたコーヒーの香りは、紛れもなく結斗さんのお店のものだった。

 最初は半信半疑でアルバイトに入ったけれど、今は結斗さんがかんなぎだと確信している。結斗さんは亡くなった人との思い出の味を再現出来る、そんな不思議な力があるからだ。それは、かんなぎの名に相応しい、巫女なる力の現れではないだろうか。


「結斗さん。お話があります」

「僕はないよ」

「そうやっていつもはぐらかしますね。今日は引きませんよ」


 私は掃除の手を止めてポケットからスマホを取り出す。そしてフリマアプリを立ち上げて、カノカさまのページを結斗さんに見せた。カウンターの向こうの結斗さんの顔が歪む。ほら、やっぱり。


「三年前の、十五歳少女十人の監禁事件。助けてくれたのは、結斗さんですね?」

「いつから気づいていたの」

「確信を得たのは最近です」


 あは、と結斗さんが笑った。


「確か君、一度経験したものは忘れないんだっけ」

「はい。においも。だから。あの日助けてもらった時、結斗さんからコーヒーの香りがして。それでたどり着きました」


 結斗さんがケラケラと笑っている。知られたからには、私をくびにするだろうか。もしくは、ころされるだろうか。


「そのフリマアプリには、なんて?」

「え、と……かんなぎを探してる。私は十一人目の女の子、って」

「なるほど。僕が帰れなくなるわけだ」


 うん、と頷いて、結斗さんはカウンターから店の掃除をする私の方へ体を乗り出した。


「僕はね、神様なの」

「え、」

「君くらいだよ、亡くなった人の味を再現出来る僕を、気味悪がらなかったのは」


 結斗さんが言うには、こうだ。結斗さんはとある神様で、通名は神皇産霊神(かみむすひのかみ)という、造化の三神。そして、世界に残る唯一の神様。だけどそろそろ、人間に戻りたいのだが、それには荒振神(あらぶるかみ)をすべて亡くす必要がある。その最後の一人が、あの犯人だったそうだ。


「荒振神――スサノオを封じても、僕は人間になれなかった。そうか、彼女はまだ生きていたんだね」

「ま、待って待って、頭が追いつかない」

「いいよ。君もどうせ、僕を恐れて離れていくんだろう?」


 結斗さんは、孤独な神だ。最後の神には、全ての神の力が宿された。神が人間に戻るには、人間と契りを結ぶ必要がある。しかし、結斗さんは最後の神様だから、それもできない。長い時間をかけて荒振神を封じたものの、結斗さんの『真(まこと)の名前』を欲して、荒振神は身を潜め結斗さんを付け狙う。真の名前はこの世界を滅ぼす鍵とされ、世界を手に入れんと数多の荒振神が結斗さんに挑んでは敗れた。


「僕はただ、静かに喫茶店をやりたいだけなんだけどね」


 結斗さんに謎解きの知識はなく、だからこそ、私たちを助けに来るのが遅れた。


「君がいてくれたら、敵の場所もわかりそうだれど。そうもいかないね」

「わた……」

「さあ、もう僕の正体もわかったんだから、君は普通の生活にお戻り」


 こんな時だけおとなぶって、私がいなければ荒振神の居場所もわからないのに。私がいれば、私と同じように、荒振神に利用される女の子も居なくなるというのなら。


「私、結斗さんの代わりに謎を解きます」

「でも、あの事件はトラウマなんでしょ?」

「だからこそ、です。私は……私のために、この謎を解きます」


 結斗さんが、悲しげに笑った。まるで人間みたいで、結斗さんが神様だなんて信じられなかった。

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