第2話 不幸の手紙は暗号だった

 昨今はフリマアプリの占い汚染が著しい。まともな占い師はフリマアプリなんてやらないし、そもそも占いはグレーゾーンだ。つまり、実体のない販売物は違反だから、鑑定書やバスソルトを送付することで運営からお目こぼしをいただいている。そのなかに、カノカさまという占い師が現れたのは、ちょうど私があの事件に巻き込まれたあとからだった。カノカさまのプロフ欄は、やはりというか、おとぎ話のような意味のわからない文が連ねてある。


愛を持って承ります。栄光を求めるもよし。微笑む勝利の女神を求めるもよし。丁寧な対応を心がけています。貴方に叡智を授けます。いい結果になりますよう、全力を尽くします。

全力を尽くしますが、いい結果になるかは最終的にはあなた次第です。得るものがありますよう、いいものになりますよう、全力を尽くします。

施術後、好転反応として頭や関節など体の部位が痛むことがありますが、その時は水を沢山飲んで安静にしてください。悪い反応ではなく、いい方へ向かってる証ですので御安心くださいね。


私は幼い頃から目に見えぬもの達と対話してきました。その力を生かすために占いの道に進みました。たくさんの方に施術をしましたが、好転反応が現れる方は期待する未来が訪れやすいです。

丁寧に体と向き合っていけば、好転反応も乗り越えられます。

望む未来へ一番の近道なんてありません。ゆっくりと進んでいきましょう。

ご依頼の後は辞意を示されてもキャンセルは受けかねます。

愛を持って対応しています。ご了承くださいませ。

あるいは、まじないがご自身にはね戻ることをご了承いただけるのでしたら、キャンセルを承ります。

欲しいものを得るためには多少のお時間をいただきますが、必ず望む結果をお引き寄せします。どうぞよろしくお願いします。


 出品欄はこうだ。


愛を持って承ります。

よく考えるようにしてご依頼ください。

人生を謳歌している人には不向きです。謳歌していない人は、まず私が計算した方法により、まじないをかけさせていただきます。

まじないのあとに絵符を送らせていただきます。運営様へ。商品のない出品ではありません。

まじないにはご自身の名前、または対象者の名前を書きます。

私はいかなる願いも応援します。そのために、ある程度計算を正確にするため、具体的な内容をいただけると助かります。

栄華を夢見るもよし、未来へ抜かりなく準備するもよし。普段得ぬものを取るも良し。栄光を夢見て対象者またはあなたにまじないをかけます。

さあ、汝いつのときも健やかにあれ。愛と未来を手に入れん。


***


 私は十五歳の時、事件に巻き込まれたことがあった。のちに、十五歳少女監禁事件として迷宮入りする事件だった。

 私はあの日、不幸のメールに違和感を持って、あのURLを開いた。なんのことはない動画、きらきら星の音楽に合わせてABCの歌が流れ、男の靴、女の子の校章入りの靴下、廃墟、時計。それらが数十秒だけ映されて消えて、普通の女の子ならばそれ以降は気味悪がって忘れるように努めただろう。けれど私は、気づいてしまった。あの不幸のメールは暗号なのだ。

 ABCの歌はヒントだ。不幸のメールの後半のポエムをローマ字に直す。前半の文章は、数字を拾う。


このメールを見た人士な貴方は、七日以内に九人の人間に同じ内容のメールを送らなければならない。

送らなかった人は二日以内に不幸が訪れます。

四月八日十三時にこのメールを受けとった東京の安野朋美さんは、このメールを回さなかったため三日と十二時間後の十時七分五秒に一人で死にました。彼女は安定を好む普通の女子高校生でした。


******


13#飛べ自由に、さすればおまえだけは助かるだろう

3#大人に相談してもいけない

7#一度でも裏切られたことはある?

4#大人たちはなにも知らずに大人になった

11#その化け物はそばにいる

12#サイボーグ、化け物、幽霊、そのどれともつかない「それ」はおまえの背後で機をうかがっている

10#嘘や苦しみは「それ」の糧になる

5#久方ぶりの逢瀬にて

2#彼方の空には日が沈む

9#そのことに気づいたのなら誰にも言うべきでは無い

1#赤か白か青か?

8#嘘は罪を暴き死を招くだろう

6#アコギな世界と大人たち


 注意したいのは、人士の士が十一を表していることだ。この数字の順番にポエムを入れ替えてから、「安定を好む」、安定とは数字では四を表す。椅子の足は二本や三本でもなく、四本がいちばん安定する。これはのちに、カノカさまが占い師だということを加味すれば、簡単にたどり着くことだった。

 十一、七、九、二、四、八、十三、三、十二、十、七、五、一行目の順にポエムを並び替えたらローマ字にする。さらに、安定を意味する四番目のローマ字を繋ぎ合わせると、


kannnagiwoyobe


「かんなぎ、って誰?」


 私は暗号を解いて、しかしなにも思い当たる節はなかった。かんなぎというのは古くは巫女を指していて、言ってしまえば架空の人間に違いなかった。子供だましな暗号に首を傾げる間もなく、私はあの画像にうつる女の子の靴下の校章を思い出す。


「まさか」


 調べると、あれは確かに存在する校章だった。それに、足元に映っていた時計は、この前大々的に閉館が報道されたばかりの遊園地の物だった。だとして、かんなぎという人間を探す理由はなんだろうか。


「……助けに行く? でもなぁ」


 子供がひとりで抱えていい問題ではなかったのはわかっている。けれど私は、この不可思議を大人には話せなかった。ただでさえ、クラスで浮いていることをお母さんには話せていないのに、私はこの謎を、ひとりで解決することにした。結果、私は捕らわれ、監禁されるに至った。その日数は十日に及んだ。


「かんなぎを呼び寄せるための生贄たちよ。そのまま死になさい」


 つまり、かんなぎを呼べ、というのは、私たちを生贄にして、誰か、この犯人の女の探し人をおびきだす罠だったらしい。私のほかには九人の女の子。


「探すのに手間取ったよ」

「嗚呼、ああ。かんなぎ」


 監禁された女の子たちは、私も含めて意識が朦朧としていた。最低限の水だけで生かされていたのだから当然だ。女がかんなぎと呼ばれた『男』にうっとりとした声を上げた。男は、私たちの息を確認して、一番重篤な私に、水を飲ませてくれた。そのとき、彼からは甘いコーヒーの香りがしたのだ。


「少しおイタがすぎるね。今までは見逃していたけれど――」


 その後、女がどうなったのかは知らない。けれど、保護された私も、ほかの女の子も、犯人がどんな女で、助けに来た男性が何者だったのかを、思い出せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る