第4話 -冒険譚の始まり(チュートリアル)③-

「おーい! グロムゥ!」


 吾輩は街の至る所を走り回りながら、彼の名を大声で呼んでいた。しかし、グロムからの返事は一向に返ってこない。


 どうしたものか。このままだと吾輩は魔界に帰れなくなってしまうではないか……もし、誰かに攫われたりでもしたら——それが原因で戦争が起きるかも!? いや、それだけは避けねば! でも、どうやってグロムを見つければいい? あいつから「吾輩の力は使うな」と念押しされているし……。


 そんなことを考えながら歩いていると、前を見ていなかったせいで誰かと強くぶつかってしまった。


「イタッ!」


 尻もちをついた吾輩が顔を上げると、目の前には金髪の少女が同じく尻もちをついていた。彼女の髪は前髪の一部が青く染まっており、身につけている丸い帽子や服装も高級感が漂っている。そして腰には、小さな剣をぶら下げていた。どう見てもただの一般人ではない。


「あ、す、すまん!」


 吾輩は咄嗟に立ち上がり、彼女に謝った。すると彼女は微笑みながら、明るい声で言った。


「大丈夫、大丈夫! ちょっと服が汚れただけだし。それよりも……実は私、探してる人がいるんだ」


「探してる人?」


 吾輩が首を傾げると、彼女は熱心に語り始めた。


「専属のメイドさんなんだけど、すごく背が高くて、口元にホクロがあるの。それに、アホほど強い!」


 彼女はそう言いながら、吾輩の顔にぐいっと近づいてきた。


「ち、近いぞ!」


「あ、ごめんごめん!」


 彼女は謝りつつも、じっと吾輩を見つめてこう尋ねた。


「もしかして……君も迷子?」


 顎に手を当て、茶化すような目で吾輩を見てくる彼女に、吾輩は慌てて否定した。


「ち、違うわい! 吾輩は迷子などではない! ただ、ちょっと……探し物をしているだけだ!」


 吾輩が必死に言い訳をしていると、彼女は笑いをこぼしながら手を差し伸べてきた。


「私、フィーナ・レグニス。あなたの名前は?」


「わ、吾輩は……」


 いや待て、ここは本名を言うべきではないだろう。


「吾輩はリアだ」


「リアちゃんね! よろしく!」


「……」


 ぐぬぬ、この小娘、どこか腹が立つ……。いや待てよ。まずは彼女のメイドを探し、そのメイドにグロムを探してもらうという手があるではないか!


「おい、フィーナと言ったな? まずは貴様のメイドを探そうではないか!」


「なんか急に我が強くなったね。でも、いいよ! 迷子同士、一緒に頑張ろう!」


「わ、吾輩は迷子ではない!」


「はいはい、分かった分かった。それじゃ、探そう!」


 こうして吾輩とフィーナは、街中を巡ってメイドを探し回った。しかし、どこを探しても手がかりは見つからない。


 気がつけば日も暮れ、人影もまばらな場所に辿り着いていた。


「も、もう疲れた……吾輩はもう動けぬ……」


 道端で膝をつく吾輩を見て、フィーナは不安そうな表情を浮かべた。


「そんな顔をしても、そのメイドは現れんぞ」


「分かってるよ……でも、このままだと家に帰れないのかな……」


 さっきまで自信満々だった彼女が、今は肩を落として弱音を吐いている。


「弱気になってどうする! 探したい人がいるなら最後まで探すのだ!」


 吾輩は立ち上がり手を差し伸べた。彼女は目元に滲んだ涙を拭い、吾輩の手を掴んだ。


 ふん、これで少しは吾輩の格が上がったか。……それにしても、どうしたものか。グロムもメイドも見当たらんとは、詰みではないか。


 次の瞬間、不穏な声が聞こえた。


「おっと、嬢ちゃんたち、ちょいと面貸してくんねぇか?」


 見上げると、大柄な男たちが不敵な笑みを浮かべて立ちはだかっている。


「おいそこのアホども! 吾輩達は忙しいんだ! 早くそこをど——ガハッ!」


 吾輩の腹に一撃が入り、その場に崩れ落ちた。


「リアちゃん!?」


「チッ、だからガキは嫌いなんだよ。おい、連れて行くぞ」


「へいへーい」


 フィーナの悲鳴とともに、吾輩の意識は途切れた——。

 

 ※

 

「様……ヴァミリア……ヴァミリア様!」


 どこか遠くから響いてくる声が、ぼんやりとしていた意識を引き戻した。吾輩はゆっくりと瞼を開けると、目の前にグロムが焦った表情で覗き込んでいた。


「グロム……——フィーナ!」


 意識を失う前に共にいた小娘の名を思わず叫ぶ。それを聞いたグロムは首を傾げ、不思議そうに呟く。


「フィーナ?」


「グロム! お前がどこにいたかは後回しだ! フィーナ・レグニスという人間の小娘が輩に攫われた! 早く助けに行くぞ!」


 吾輩が焦りながら言うと、グロムは困惑した表情を浮かべつつ、少し慎重な口調で返してきた。


「レグニス……何故助ける必要が?」


「何故って、人が攫われたんだ! 放っておけるわけがないだろう!」


 グロムは溜息をつき、慎重に言葉を選びながら話し始めた。


「ヴァミリア様、攫われたのは人間界の者ですよね? 我々が介入するのは得策ではありません。人間界と魔界の関係は貴方様もご存知のはず。互いにいがみ合う中、軽率に関われば外交問題に発展しかねません。それに、『レグニス』という名はこの国を統べる名家のものです。魔界の者が関与すれば——」


「それでもだ!」


 吾輩はグロムの言葉を遮り、声を荒げた。


「人間界と魔界のいがみ合いなど、吾輩には関係ない! 吾輩は吾輩が助けたいと思った者を助ける! 魔界だろうと人間界だろうと、関係ないのだ!」


 吾輩の必死な言葉に、グロムはしばらく黙り込んでいたが、やがて真剣な表情で言った。


「……帰ったあと、お父様にお叱りを受けても知りませんからね」


「そんなこと、覚悟の上だ! グロム、早く転移魔法で誘拐犯の元へ行くぞ!」


 吾輩が命じると、グロムは苦い表情を浮かべながら答える。


「それは無理です、ヴァミリア様。転移魔法は一度訪れた場所にしか行けません。どこにでも行ける魔法ではないのです」


「じゃ、じゃあどうするんだ!」


「ここは追跡魔法を使って、誘拐犯の足跡を追うしかありません。それに、貴方様の門限も近いので早めに解決しましょう」


 グロムは長い金髪を風に靡かせると、吾輩を背中に乗せ、2人でフードを被り、宙を舞いながら素早く追跡を始めた。

 

 ※

 

 リアちゃんが気絶させられたあと、私は手足を縛られ、雑に馬車に押し込められていた。


「あなた達! どうしてこんなことをするの? こんな犯罪行為、ただで済むと思っているの!?」


 憤慨して叫ぶ私に、馬車の中にいる男たちは不敵な笑みを浮かべる。


「分かっててやってんだよ。お前、『レグニス』の次期勇者候補だろ? そんな大物がこうも簡単に捕まるなんて、運が良かったぜ。これで俺たちは一生安泰だ」


「まさか、あなた達の目的って……」


「人身売買さ」


 リーダー格の男がニヤリと笑う。


「お前みたいな身分の高い人間は、裏市場で高値で売れるんだよ。いい稼ぎになるってわけだ」


「……あなた達、笑っていられるのも今のうちよ! 私のメイドがすぐにあなた達を叩きのめすから!」


 自信を込めてそう言うと、男たちは肩を揺らして笑い出した。


「お前、迷子になってただろ? あれも俺たちの仕込みさ」


「——ッ!?」


「お前のメイドも少し手強かったが、なんとか気絶させてお前を孤立させたんだよ。そのメイドも今頃は他の連中が処理してるだろうがな」


 その言葉に、私の心臓が冷たく締め付けられた。


「さて、誰が俺たちを叩きのめすって? お前の頼みの綱はもういないんだよ」


 彼らの言葉が胸を刺し、自分が完全に孤立したことを悟る。助けは来ない。あの街にも、家族の元にも戻れない——そんな絶望が心を覆い尽くしていった。

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