第2話 ラダはドラゴン?

「立ち話もなんだし、ちょっとお茶しません……か?」

「だから、俺はオマエなんて知らないし」

「ラダ・スタフォードくんだよね?」

「っ、それは……そうだが」


 ラダくんは後ろに控える兵士に目配せする。あの兵士はラダくんを護衛しているらしかった。だとしたら、ラダくんはいいとこのお坊ちゃんだったのだろうか。二年の付き合いしかないからわからなかっただけで、ラダくんはどこかの騎士や公爵さまの跡取りなのかも。

 そう思うと、軽々しく話しかけることも、ましてやお茶に誘うことすらはばかれて、私は「ごめん」とラダくんに背を向けた。


「おい、待て。茶を飲むんだろ?」

「え。でも、嫌なんじゃ」


 私の肩に手を置いて、ラダくんが私を静止した。振り返ると、頬を赤くして、バツが悪そうに私を見ていた。


「ライラ……ライラ・アドリクス」

「名前……」

「あーもう、嘘だよ嘘。オマエのこと忘れるわけないだろ! わかれよ」


 なにをわかって欲しいのかは分からなかったけれど、私たちはとりあえず、私のおすすめのお店に入った。


 王都・リノアでは外食産業が盛んになった。海と山があり、食材が豊富なこの町の収入は、料理屋が支えていると言っても過言ではない。それらは、高級店もあれば庶民の店(チェーン店)までさまざまで、私はその中でも市内に三店舗展開する庶民向けの店を選んだ。


「はっ、オマエ、なんでこんな店選ぶんだよ。まがりなりにもオマエだって領主の娘なら――」

「ノンノン! 偏見はよくないよ。このお店、お値段据え置きながら、料理も妥協してないのよ。例えば」


 先に頼んだコーヒーが運ばれてくる。契約農園の豆から挽くコーヒーは、酸味と苦味のバランスがいい。今日は頼まなかったけれど、加熱したハンバーグはマデラ酒をアクセントにしたデミグラスソースが至高の美味さだ。


「店員さんも、見て。みんな笑顔でしょ? 働くにはもってこいなんだけどな」

「働く? オマエがこの店の料理を好きなのはわかったが、働くほど生活に困っているのか?」

「あ。いや、まあ……婚姻しないなら働かなければ。私はしがかい領主の娘だし。それにね」


 私には、レシピを見ただけで味がわかる特技があるんだよ。

 ふうん、とラダくんが頬杖をつきながら私を見た。綺麗な顔が私を凝視して、恥ずかしくなって顔を逸らした。


「じゃあ」


 ラダくんが紙ナプキンを取り出して、三つのレシピを書き込んでいく。美しい筆記体。所作のひとつとっても完璧だった。


「この店のハンバーグがどれだか、わかるか?」


 ラダくんが書いたレシピは、どれも微妙に調味料が違う。例えば、ナツメグの量だったり、バターの量、小麦粉の量、それに玉ねぎの量。私は一番左の紙を指さした。


「これね。ここのハンバーグのデミグラスソースは、玉ねぎの量と、最後に入れるバターの量も決め手なの」

「へえ。なかなか」

「ラダくん、このお店に詳しいの?」


 いや、とはぐらかされて、ラダくんは話題を転換した。


「随分この店を高く買ってんな」

「ま、まあ。色んなお店があるけれど、どのお店も努力していて素敵だよ? ラダくんはお坊ちゃんだから庶民の店なんて知らないだろうけど」

「……! ああ、そうだな」

「え。あ、じ、冗談のつもりで言ったんだけど」


 ラダくんが目に見えて不機嫌になった。けれど、出されたコーヒーは全部飲み干してから、金貨を置いて先に店を出ていく。私は慌てて立ち上がって、自分の会計も済ませてラダくんを追いかけた。昔から秘密主義でよく分からない男の子だったけれど、輪をかけてわからなくなってくる。何者なのだろうか、ラダくんは。


「ラダくん、追いついた!」


 ひとけのない道を歩くラダくんは寂しげだった。走ったせいで足がもつれて、なだれ込むようにラダくん目掛けて転んだ。ラダくんは当然のように私を支えてくれて、困ったように笑っていた。


「たく、昔からドジなのは変わらないな」

「で、も。変わったところもあるでしょう?」

「オマエが?」


 もしかして、私は自分が痩せたと勘違いしているだけで、まだ太ったままなのだろうか。醜く、鈍感な頃の私のままなのだろうか。


「言われてみたら、背は伸びたな」

「それだけ、ですか」

「……すらりとした。が、そんなことは些末なことだよ。オマエはオマエ。どんな姿だろうと、俺はオマエを見つけられる自信があるよ」


 まるでプロポーズの言葉みたいで、私は慌ててラダくんから離れた。ラダくんはクック、と笑って、私はあわあわするばかりだった。

 ラダくんが笑うのを、私は初めて見た。美しく儚く、私なんかがラダくんに釣り合うわけがないと悟る。もう会うことはないだろう。ラダくんは身分も高いみたいだし。


「それじゃあ、さようなら」


 そのとき、一陣の風が巻き起こった。風は木の葉を舞いあげて、ラダくんの髪の毛にはらりと乗った。思い出に、一枚持ち帰るのも悪くない。ラダくんの髪に触れる。


「やめっ……!」


 ぼふ、と先程とは違う、風とは異なる音がする。目を瞑り、開けた時には。


「ドラゴン……?」

「……っ」

「ラダ皇子! あとはお任せを!」


 ラダくんの護衛兵がこちらに駆け寄ってくる。ドラゴンが羽を広げて空に飛び立つ。街ゆく人々がドラゴンを見上げて願い事をしている。護衛兵が町民に声をかけている。


「え。え、え!?」


 ラダくんはドラゴンで、かつ、皇子で、それで私のことを覚えてくれていて。

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