第3話 ラダと契約結婚?

 ラダくんの護衛兵が、市民をなだめて私に向き直る。


「ラダ皇子の秘密の件で、城に来ていただきます」

「わ、わた……誰にも言わないし……」

「丁重にもてなすよう、言われてますので」


 しかして私は、この国をおさめる王の住む、大きな城へと連れられた。


 城の一角、庭の方に、先程のドラゴン姿のラダくんが見えて、私は思わずそこに走りよった。


「ら、ラダくん、大丈夫? 私のせいでこんな姿に……どうやったら戻るの? ああ、神様……私はどうなっても構いません。ラダくんを元の姿に戻してください」


 城に来るまで考えたが、どう考えても原因は私で、もしかすると私がラダくんになんらかの病気を移してしまったのではと思い至った。ラダくんの青い目が私の方をギョロリと見た。


『これは、時間が来れば治る』

「ラダくん? しゃべれるの?」

『わかるのか? ドラゴンの言葉が』

「え。待って、ラダくん?」


 そ、とラダくんの肌に触れる。ドラゴンの硬い皮膚は冷たかった。私が触った瞬間、またぼふ、と音がして、ラダくんの体積が減って人間の形を成す。


「ラダくん!」

「や、来るな!」


 喜びのあまり気づかなかったが、ラダくんは服をまとっていなかった。慌てて背中を向けると、護衛兵がラダくんの服を持って走っていった。


「もう大丈夫だ」


 振り向くと、会った時と変わらぬ姿のラダくんがいた。今度こそラダくんを抱きしめようも、ラダくんは私と距離をとった。


「ごめんなさい……触れたらまた、ドラゴンになりますよね」

「……オマエはなにか勘違いしているようだが……まあ、確かにオマエのせいではある」


 ラダくんが私に近づいて、私が動けないように両手を縛るように掴んでくる。このまま私は不敬罪で捕まるのだろうか。ラダくんは皇子で、ドラゴンで初恋の人だ。

 ラダくんの手が、震えていた。


「王家の人間は代々、頭を触られるとドラゴンになる呪いを持って生まれてくる」

「の、呪い?」

「そうだ。だから俺は、友も作れず、人に気を許すことなく、呪いのことをひた隠しに生きてきた」


 ラダくんはそれを呪いと言うけれど、この国の寓話によれば、白きドラゴンには国を救う伝説が残されていた。白きドラゴンがある限り、国は安泰だという、そんな話。


「ラダくん、私」

「それで、だ。オマエには、ふたつの選択肢がある」


 ラダくんが護衛兵から小瓶を受け取る。それをかざしながら、


「ひとつは、この薬を飲み、すべてを忘れること」

「すべて、って、どこまで忘れるのですか?」

「少なくとも、今日一日のことは、忘れるだろうな」

「そんな……」


 つまり、ラダくんと再会したところから忘れてしまうことになる。私が首を横にふると、ラダくんはふっと息を吐きながら、


「仕方ない。秘密を共有する手段はひとつ」


 ごくり、唾を飲み込んだ。


「俺の妻となれ」

「……つま、妻?」

「ああ。オマエが秘密を他言せぬよう、俺の目の届く範囲にいてもらう。むろん、そこに愛などない」


 呆気にとられ、私はなにも言えなかった。私は確かに、ラダくんと結婚することを夢見てきた。けれどこんな、契約結婚なんて。


「ラダくんは、それでいいの?」

「どうせ俺には、政略結婚しかないからな。ならば、少しでも顔見知りのオマエなら、多少は苦しみも和らぐだろ」


 本当は、泣きたかった。ラダくんを殴ってやりたかった。それでも私は、ラダくんを忘れたくなかった。今、その薬を飲んだら、ラダくんは一生私から離れていくような気がして、私は涙を飲み込んで、笑って見せた。


「妻になります。ラダくんは忘れただろうけど、私はずっと、あの日の約束のために生きてきたんだよ」

「交渉成立だな」


 なんの約束だ、とは聞いてくれなかった。興味もないのだろう。私の気持ちなんて関係なく、ラダくんはただ、この秘密を守るために、私を妻に迎えることに決めたようだった。

 ラダくんと私の、契約結婚が始まる。

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