逆さまの世界
目を覚ますと、彼は見慣れたはずの天井を見ていた。だが、何かがおかしい。いつもと違う違和感に気づき、身体を起こすと、頭を「天井」にぶつけた。
いや、ここは天井ではない。家具が床にあるべきものがすべて逆さに張り付いている。天井にあるはずの照明が自分の足元に光を放ち、カーテンが空に向かって垂れ下がっている。
「これは……夢か?」
彼は恐る恐るベッドを降りようとしたが、足元の感覚が妙にふわついている。重力が狂っているような感覚だ。部屋を出ると、さらに奇妙な光景が広がっていた。
廊下の壁に額縁が張り付き、階段が天井へ向かって延びている。外へ出ると、道路の上を車が逆さに走り、人々が空中に浮いて歩いていた。
「おかしい……これはおかしい……!」
だが、その世界の住人たちは誰も気に留める様子はなかった。むしろ彼の方が異物として見られているようだった。
彼は街をさまよい、何が起きているのかを理解しようとした。だが、人々に話しかけても誰も返事をしない。彼が声をかけるたびに、住人たちは不思議そうに振り返るだけだった。
やがて、彼はかつて通っていた学校の前にたどり着いた。そこもまた、全てが逆さまになっていた。校舎を見上げていると、背後から声がした。
「迷っているのか?」
振り返ると、一人の老人が立っていた。白髪混じりの髪と鋭い眼光を持つその老人は、穏やかな微笑みを浮かべている。
「ここは……一体何なんですか?」
彼は叫ぶように問いかけた。老人はゆっくりと首を傾け、語り始めた。
「これは君の作り出した世界だよ」
「俺の?」
「そう。君が現実を歪めてきた結果、この世界が形になったのだ」
老人の言葉に、彼は反射的に否定した。
「そんなはずはない!俺は普通に生きてきた……!」
老人は悲しげに笑った。
「本当にそうか?思い出してごらん。君がどれだけ嘘をつき、自分の過ちを正当化してきたかを」
その瞬間、彼の頭に過去の記憶がフラッシュバックした。見て見ぬふりをしたいじめ、仕事の失敗を部下に押し付けたこと、恋人を裏切った嘘――。それらが彼の心の中で反転し、現実として投影されていたのだ。
「これは……俺への罰なのか?」
老人は答えなかった。ただ静かに彼の肩に手を置き、こう告げた。
「ここから抜け出す方法があるとすれば、それは君次第だ」
その言葉を聞いた瞬間、彼は目を覚ました。見慣れた天井、いつも通りの部屋。しかし、鏡に映る自分の顔はどこかぼやけていた。
彼はそれ以来、日常が元に戻ったかどうかを確信できなかった。現実に戻ったのか、それともまた新たな歪みの中にいるのか――それを知る術はなかった。
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