拾った手帳

通勤途中、駅のホームで黒い手帳を拾った。誰かの忘れ物だろうと思い、中を開いてみると、びっしりと文字が書き込まれている。日記のようだが、内容が妙だった。


"○月○日。彼は駅でこの手帳を拾う"


その「彼」の行動は、俺がその場で手帳を拾った状況そのものだった。


奇妙に思いながらもページをめくると、さらに細かい記述が続いている。


"○月△日。彼は昼にハンバーガーを食べる。午後3時に同僚と打ち合わせ"


なんだこれは?誰かのいたずらか?しかし、その日俺は確かにハンバーガーを食べ、同僚と打ち合わせをしていた。背筋が寒くなる。


「ただの偶然だ……」


自分にそう言い聞かせたが、気になって最後のページを見てしまった。そこにはこう書かれていた。


"○月×日、彼はこの手帳を閉じた瞬間に死ぬ"


その「○月×日」は今日だった。慌てて手帳を閉じたその瞬間――部屋の電気が突然消えた。周囲は闇に包まれる。


「何だよ、冗談じゃない……!」


俺は携帯の明かりを頼りに、電気のブレーカーを確認しようと立ち上がる。だが、足元が急に冷たくなった。床に水が染み出している。どうして家の中で水が――?


暗闇の中、遠くから水音が聞こえる。明かりを向けると、リビングの奥に水たまりが広がり、そこに誰かが立っていた。顔は影に隠れて見えない。だが、その人影がゆっくりとこちらに向かって歩き始める。


心臓が跳ねる。体が凍りついたように動かない。人影は手帳を拾ったあの駅で見た、何か――。


次の瞬間、俺は足元の水が急に引く感覚を感じ、目がくらむような感覚に襲われた。気づけば、俺は再び駅のホームに立っていた。そして、足元には黒い手帳が。


「同じ手帳……?」拾い上げてページを開くと、そこにはこう書かれていた。


"○月×日、彼は駅のホームで手帳を拾う"


すべてが輪廻の中にあると気づいたとき、遠くから電車が迫る音がした。

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