幸せの香り

彼は田舎町で小さな花屋を営んでいる。特別な花が育てられるわけでも、特別な装飾があるわけでもない。ただ、穏やかで優しい時間が流れる店だ。しかし、その花屋にはひとつだけ他と違うものがあった。


「この花、なんていい香りなんだ!」


客たちが絶賛するその花は、彼が密かに開発した新品種だった。「幸福の花」と名付けたその花には、どんなに沈んだ気分の人でも一瞬で笑顔になる不思議な香りがあった。街の人々はその香りを求め、彼の花屋は小さな町では評判になっていた。


ある日、いつものように店に立っていると、一人の女性が訪れた。彼女はやつれた顔をしていて、目の下にはクマが浮かんでいる。


「これが噂の花ですか?」


彼女はそう言って「幸福の花」を一輪手に取り、香りを嗅いだ。その瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。


「すごい……こんな気分になったのは久しぶりです!」


彼は彼女の笑顔にほっとしながら、花を包み彼女に渡した。しかし、彼女が帰り際に見せた一瞬の冷たい笑みを、彼は見逃していた。


数日後、街に奇妙な噂が広がり始めた。「幸福の花」を手にした人々が次々と不可解な行動をとり、失踪するというのだ。彼は信じられなかった。花はただ人々を癒すために作られたものだったはずだ。


不安に駆られ、彼は失踪した人々の家を訪ね歩いた。共通していたのは、部屋に「幸福の花」が飾られていること。そしてその香りが、以前よりも強烈になっていることだった。まるで、香りそのものが人々を引き寄せているようだった。


さらに調査を進めるうちに、彼女――あの女性が裏で花を利用していたことが判明する。彼女は「幸福の花」の香りに潜む中毒性を見抜き、それを自らの利益のために広めていたのだ。


彼は慌てて店に戻り、「幸福の花」のすべてを処分しようとした。だが、彼が花に手を伸ばした瞬間、その香りが強烈に鼻を突いた。意識がぼんやりしていく中で、彼は初めて気づいた。


「この香りは……俺自身の心を縛っていたんだ……」


彼が目を覚ましたとき、花屋の棚は空っぽになっていた。そして、鏡に映った彼の顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。

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