その年老いた男は作業服を来ていた。公園を管理する役所の職員か、あるいは公園の清掃係のように見えた。持ち手のついた紙製の白い袋を左手に持っている。袋は平べったいが空っぽではないらしく、何か荷物が入っているようだ。

 歩き方が変だった。少し歩いては立ち止まり、また歩きだすとしばらくしてから立ち止まる。歩く時間も立ち止まる時間もその都度まちまちで、規則性がない。ただ、顔は無表情で一貫していた。その老人の姿は桜の園には似つかわしくない。直感的にそう思ったナチュラルヘアの男は腰を下ろしていた岩の上から身を起こした。

 老人は顔文字のように平坦な人相をときおり周囲に向けた。何を考えているのかわからない顔だった。その視線が向く先は様々で、若い女性だったり小さな子供だったり、自分と同じ年寄りだったりである。ただ、屈強な男や気の強そうな女性の方には全く向かない。むしろ避けているように見えた。

 ナチュラルヘアの男は丘の上から降りて来ると、その老人の方角へ向かって歩き始めた。雲を通した弱い日差しが地面に男の淡い影を這わせている。不意にその影は陽の光が強まってもいないのに濃くなった。濃くなったその影は地面に細長い生き物の形を結んだ。

 家の壁に張り付いているヤモリのようなその形は尾の部分が男の体と繋がっている。男とともに四肢を動かしながらヤモリの影は老人の方へ次第に近づいていった。

 男は老人から数メートルの距離まで近づくとその距離を維持しながらさり気なく老人のそばに付き従った。花見客は老人にも男にも関心を示さず、桜の花を愛で、飲み食いを続けている。

 男の影は舌を伸ばした。ヤモリの口から細い影が伸び、老人の淡い影に巻き付いた。男は巻き付いた自らの影を通して老人の影の中を覗いた。

 そこは白と黒の迷彩柄で満たされていた。二色の間には微妙なグラデーションが滲んでいたが、それでいて白はどこまでも白く黒はどこまでも黒く、そのコントラストは痛ささえ感じるほどの物理的な刺激があった。そのように白と黒の色同士がお互いに鮮明に際立ちながら、同時にそのどちらも同じ強烈な感情を放射していた。

 それは殺意だった。さらに男は老人が左手に提げている紙袋の中に吐き気がしそうなほど長くて幅広のサバイバルナイフを忍ばせていることも知った。

 老人は通り魔だった。いや、これから通り魔になろうとしているのだろう。宴で賑わう花園を血みどろの修羅場に変えようとしているのだ。





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