第5話 力を紡ぐ唇

 リプトス――唇音を使うことで自然と調和する民の村は、豊かな緑と清らかな風に包まれていた。メイが村の入り口に足を踏み入れると、どこか懐かしいリズムが空気中に漂っているのを感じた。それは音ではなく、振動や波のようなもので、彼女の心を静かに揺らした。


 「ここが唇音の民の村だよ」

 案内役の青年が振り返る。彼の名はアルト。発音魔法の基本を教えた彼が、この村まで同行してくれたのだ。


 村の中心では、数人の村人たちが集まり、唇を動かしながら振動を大地に伝えていた。声にはならないが、その動きが大気を震わせ、周囲の植物をわずかに揺らしている。


 「唇音は、自然を繋ぐ鍵だ」

 アルトは杖を軽く振り、簡単な呪文を唱えた。

 「b... p... m... f...」


 彼の唇が動くたびに、小さな花びらが空に舞い上がり、風が心地よい旋律を奏でる。




 「やってみろ、メイ。唇の力を意識しながら、リズムに乗せて発音するんだ」


 メイは深呼吸をし、アルトの真似をして唇を動かした。

 「b... p... m... f...」


 最初はぎこちなかったが、繰り返すうちに、彼女の唇の動きが自然とリズムを帯び始めた。そのとき、杖の先端が微かに光を放ち、大地に小さな振動が伝わる。


 「いいぞ。その感覚を忘れるな」

 アルトが頷いた。


 唇音の呪文は、単なる発音ではなかった。それは唇、息、そして心を一つにすることで生まれる力だ。メイはそれを理解し始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る