第3話 賢者との出会い

 静寂が支配する森を進むメイ。葉が擦れる音もなく、靴が地面を踏む感覚も音のない世界では無意味に思える。ただ、自分の中に微かに響く旋律――それだけが彼女の指針だった。


 「この先に何があるの……?」

 声を失った彼女の問いは、頭の中で空回りするばかりだった。それでも、不思議な力に引き寄せられるように歩みを続けた。


 森を抜けると、そこには一本の巨大な古木があった。その幹には音符のような模様が刻まれている。その木を見上げた瞬間、メイの心に言葉にならない感情が湧き上がった。


 その時、古木の根元から声が聞こえた。

 「そこにいるのは誰だ?」


 驚いたメイは、目を凝らして根元を見た。そこには、小柄な老人が静かに座っていた。彼の長い白髪と古びた衣服は、まるでこの森と一体化しているようだった。


 「お前……音を探しているのだな?」


 言葉を発することはできなくても、メイの瞳がその答えを語っていた。老人は頷き、杖を地面に突き立てる。すると、杖の先から波紋のような振動が広がり、大地が微かに震えた。


 「お前には『音の資質』がある。それが私にはわかる」


メイは驚き、老人を見つめた。「音の資質」とは一体何なのか。彼女にはその意味がまだ分からない。ただ、その言葉が彼女の胸に深く響いた。


 「試してみるといい。自分の心の中に眠る旋律を感じ取れ」


 老人はそう言うと、再び杖を地面に叩いた。その振動が広がると同時に、メイの胸の奥から微かな旋律が湧き上がる。それは、彼女がずっと大切にしてきた歌の一節だった。




 ル・ラ・ル、鼓動が響く

 ル・ラ・ル、光を紡ぐ

 ル・ラ・ル、大地に歌を戻す


 その旋律を感じ取った瞬間、メイの目から涙がこぼれた。音のない世界でも、自分の中に音楽が生きている。それを確信しただけで、彼女の胸は温かく満たされた。


 老人は静かに微笑むと、手にしていた杖を差し出した。その先端には古びた金属のリングがついており、触れると振動を感じた。


 「これが君の力の証だ。君には音を取り戻す役割がある」


 メイはその言葉に目を見開いた。自分が持つ旋律には何か特別な意味があるのかもしれないと考えた。


 「音はただの振動ではない。それは心を結び、命を支えるものだ」


 老人の言葉は、彼女に勇気を与えた。音を取り戻すために、この地で自分が果たすべき使命がある。それを胸に刻み、メイは新たな決意を抱いた。


 「行くのだ、メイ。この旋律を大地に響かせ、音を取り戻せ」


 メイは静かに頷き、古木と賢者に別れを告げた。そして音を取り戻す冒険の第一歩を踏み出したのだった。

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