第2話 聲の大地へ

 メイがイヤフォンを耳に挿し込むと、彼女の好きな曲が流れ始めた。だが、その音は現実から遠ざかるにつれて、次第に薄れていった。イヤフォンのコードをいじりながら、彼女は眉をひそめた。


 「おかしいな…」


 通学途中の電車の中、周囲の騒音もどこかぼやけている気がする。だが、その違和感に気づいた瞬間、風景が一変した。


 電車のドアが開くと同時に、突如として彼女の視界には見知らぬ世界が広がった。青空はより青く、木々の葉は風に揺れながら音もなくきらめいている。そこは異世界、「聲」の大地だった。




 メイは立ち尽くしたまま、その風景に目を奪われた。心地よい風が頬をなでるが、鳥のさえずりも葉が揺れる音も聞こえない。「聲」と名付けられた世界には、名前とは裏腹に音がなかった。


 彼女は足元の柔らかな草を踏みしめると、心の中にふと一つのメロディが浮かび上がった。それは、子供のころに母から教わった子守歌だった。


 「ル・ラ・ル…風が踊る…」


 聞こえない音で口ずさむと、不思議なことに目の前の空間がゆっくりと揺らめき始めた。その揺らめきの先には、大きな門が現れた。金属でできたその門は、古代の模様が刻まれ、何かを待つように静かにたたずんでいた。




 「ここを通れってこと?」


 メイが近づこうとすると、門の前に小さな光が現れた。光は徐々に形を変え、一羽の鳥の姿になった。その鳥は無音の世界でありながらも、メイの心に直接語りかけてきた。


 『門を開くには、音を思い出せ。お前が奏でる音が鍵になる』


 メイは深く息を吸い込むと、心に浮かんだ旋律を紡ぎ始めた。彼女の声は音にならなかったが、その思いは波紋のように広がり、門全体を包み込んでいった。


 歌詞は自然と心から流れ出した――


 ル・ラ・ル、風が踊る

 ル・ラ・ル、命が巡る

 ル・ラ・ル、音は心を結ぶ


 その瞬間、門の模様が光を放ち、重厚な扉がゆっくりと開き始めた。




 門をくぐると、目の前には広大な大地が広がっていた。しかし、遠くには枯れた森や、静寂に包まれた村が点在していた。この世界全体が、音を失ったことで息を潜めているようだった。


 メイは静かに決意した。

 「私がこの世界に音を取り戻す…」


 背後から再び鳥が飛び立ち、彼女の肩に降り立った。その鳥は優しく頭を下げると、心の中で再び語りかけてきた。


 『この地には八つの響きが眠っている。それを見つけることで、音楽の力を取り戻せるだろう』


 メイはうなずき、一歩を踏み出した。その足取りは、静寂の中に新たなリズムを生み出すようだった。




 門の向こうには、様々な困難と新しい仲間が待ち受けているだろう。だが、メイの胸には音楽への情熱と、この世界を救う使命感が燃えていた。


 彼女の歌声はまだ誰にも聞こえない。だが、その響きは確かに広がり始めていた。


 ル・ラ・ル、光が舞う

 ル・ラ・ル、大地が眠る

 ル・ラ・ル、夢は未来を紡ぐ


 メイの旅は、ここから本格的に始まるのだった。

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