第3話 メッツァという青年
メッツァはどうやら、気さくで付き合いやすい性格の持ち主として、周囲には知られているようだった。
おそらく、他人との距離感の掴み方が上手なのだろう。
(余にはない才能だな。余は、なぜか他人に警戒されやすかったからな)
相手が不快に感じない最適な距離感を維持しながら、満遍なく人間関係のグループを行き来しているように見える。
特定の相手に借りを作りすぎることもなく、かといって損をさせることもない。
メッツァはそんな立ち振る舞いを身に着けていた。
「貴殿は、なぜいつも余に話しかけてくるのだ?」
ある時、リューファスは思い切って質問してみた。
メッツァは目をぱちくりとさせた後、面白い冗談を聞いたように笑った。
「どうしてって、別に理由なんかないけど?」
「それはおかしいだろう? 貴殿には何の益もない」
「うーん。でもさ、僕は楽しいんだよね。きみがどんな奴か観察するのはさ」
「……余の知る魔術師とは、かなり違うな。みな、少なからず偏屈だったし、あまり他人と関わるのが好きな人間は多くなかった。頭の悪い人間と関わるのは、時間の無駄とでもいうように」
「大学にいると、自分より頭の良い人間はよく見るから、そこまで傲慢にはなれないよ。それに頭が良くても、極端に偏屈だったり、会話が下手な魔術師が、出世する確率はそんなに高くない」
まるで、政治的な配慮が存在するかのような言い草だった。
「コミュ障が魔術師やっても、質の悪い冗談みたいなものだしね。独学で学べることなんて、たかが知れてる。で? きみの方はどうなの? 友達とかいるの?」
メッツァは気さくな感じで尋ねてきた。
リューファスはそれに素直に答えることにした。
「600年前は、友と呼べる存在が、数人いた。みな、優秀な者達だった」
「……それは、なにで繋がってた人たち? 恋愛関係の人とかいた? それとも、利害関係?」
「いや、どちらも違うな。少なくとも、余はそう思ってなかったし、信頼もしていた」
改めて考えると、主従関係抜きで友人となると、かなり数が減る。
王と言う立場上、仕方がないことではあったから、リューファスも気にしてはいなかった。
「ふーん? じゃあ、どういう友達?」
「余が死んだ後のことを、託せる友だ。戦場で生死を共にした、大切な仲間達だった。だが、今ではもう、誰一人として残っていないだろう」
「なるほどね。まあ、そういう人たちのお陰で、今の僕らの国や社会があるんだと思えば、感謝の念も沸いてくると言うものだよ。そのぶん、僕らは僕らの役割を果たさないとね」
図書館の歴史に関する本棚に、メッツァは目線を向けると、それだけ言った。
その声に熱意はなかったが、静かな自負が感じられて、リューファスはメッツァをまじまじと見る。
「貴殿は……変わった男だな。いや、今はそれが普通なのか。役割とは何だ?」
メッツァは軽く肩をすくめると、肩を竦めて見せる。
そして本棚に近付き、本を取るとそれを手にとって開いて見せた。
「国や社会の役に立ったりとか、そういうの。普段、それほど気にしてないけれど、僕は自分が恵まれていることくらいは自覚しているんだよ。社会貢献と言うのは、『万人に理解できる価値』をアピールする手段でもあるし、それが出来なければ、誰も僕の価値を理解できないし」
リューファスは、ずいぶんと小難しいことを言う若者だと思った。
メッツァはわかりやすくかみ砕く気はなく、ただ自分が考えていることを口にしているだけなのだ。
「よくわからぬが……社会貢献? 貴殿は、己が善良でなければならないと思っているのか?」
「さあね。善良と思われた方が、メリットがあるとは思ってるかな。ああ、キミに話しかける理由だけどさ。僕は600年前の世界にも興味があるんだ。教授の興味は、石化と呪詛の解呪はどこまで完璧に行えるのか、と言う点に尽きるみたいだけど。……君が、魔術の専門家だったら、話は別だったのだろうけどね」
「余は基礎教養としての知識と、家が継いできた土地を管理する方法については熟知していたが、新たな術式を編み出すこともなければ、研究にいそしんでいたわけでもなかった」
「当時の諸侯は、土地の防衛隠蔽術式の管理者であり、治安維持を行う軍隊の将軍でもあったんだっけ。でも、今は君はもう、領主じゃないし将軍でもない」
「……そうかもしれんな」
メッツァはフフッと笑うと、本を畳んで、急に真剣な表情になった。
「ところでさ……これなんだけど」
メッツァはテーブルの上に、一枚の紙を出して見せた。
「これからの方針だけど、ね。そろそろ、君の検査が終わりそうなんだ。あとは、1ヶ月毎の定期的なものになるだろうね。まあ、その後は経過観察を続けていくことになるよ」
その上質な紙には、びっしりと細かい文字で何かが書かれていた。
おそらく、その紙にはリューファスの身体に起きた変化を詳細に記録しているのだろう。
それぞれの項目が何を意味しているのかまでは理解できなかったが、これからの予定についての文章は理解できた。
「それはありがたい。正直言って、こんなに頻回な検査など面倒だと思っていたところだ」
「そんな調子じゃ困るなぁ。君の人生はもう少しだけ続くんだよ? もっと喜びなよ。老いぼれて死ぬのを待つだけが人生じゃないんだからさ」
メッツァは自分の持っている用紙に書き込みをしていく。
そこにも、リューファスの身体データが書かれていたが、たくさんの注釈があった。
すべてメッツァ自身の書き込みだ。
「肉体の衰えは、感じる? 石化前と比べてという意味だよ」
「そうさな、もっと動かしてみないとわからぬが。……以前の半分にも満たないな、魔力も体力も」
「……いや、数値では君は健康体そのものだし、なんなら常人より強靭なんだけど。……それでも、か」
メッツァは頭を搔くと、「果たして、サンプルXは、本当に死にかけてた個体なのか?」と注釈を書き足す。
値は、あらゆる数値が、通常の戦士以上だった。
異常値ではないが、一流に近い値になっている。
現代における肉体改造兵士達とも、勝るとも劣らない。
仮に、これが以前よりも、大幅に落ちた値だとすると、600年前当時のリューファスは、『健康体』を遥かに超える、超人的な肉体の持ち主だったと言える。
そんな予測が、大量に書き込まれた注釈の正体だった。
「ねえ、もっと身体を動かしたいと思うかい? 肉体が衰えているなら、ある程度は鍛えないとね。それにさ、筋肉を使うと代謝もよくなって、内臓の働きも活発になるよ」
「そうだな。確かに鈍ってはいるな。 武人としては、いささか不甲斐ない。せめて、以前の半分程度は動けるようにしておかねばな」
「ああ、『武器』を振るってみたいかい? ……許可は、とれなくもないんじゃないかな。 検査の内容としてかこつければいけるか。そのまま武器の携帯許可をとるのは、ちょっとめんどくさいけど」
「武器か。許可が下りるものなのか? 今のところする気はないが、余が暴れまわったり、脱出を図るかもしれんぞ」
リューファスが真面目くさった顔でそう言うのがおかしくて、メッツァは思わず吹き出した。
「それは困るね! 僕は『監視役』なんだから、きみが脱走しようとするなら止めなきゃいけないものな」
「なぜ、笑う? 余が冗談を言ったつもりはないぞ」
メッツァは、笑いを押し殺すのに必死だった。
なんとか堪えようとするが、面白がっているのが丸わかりだった。
「ああ、わかってるよ。冗談だとしても笑えないね! まあ、でも、そうだなあ……僕からの親愛の証ってことでどうかな。どうにか武器を使用した検査を取り計らう、とか」
リスクのある計らいだが、本当に望んでいるなら、後押しをしてやるのも悪くない。
そう言っているように、リューファスには聞こえた。
「ちょっと裏技を使ってみるつもりなんだ。 きみの武器使用許可を取るのは難しいことじゃないから、期待しててくれ」
「それは助かるな。 だが……裏技とはなんだ?」
メッツァは、ニヤリと笑った。
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