第2話 新しい時代の魔術師たち

 それから数日間は、ひたすら検査漬けだった。


 身体測定や血液採取といった基本的なものから、心理テストのようなものまで……ありとあらゆる方法で分析された。


 マッケリー教授はもちろん、十名以上もの研究者たちに裸を見られたり、無機質な目で観察されながら測定を受けるのは、さすがのリューファスもあまり良い気分ではなかった。


 この研究は、重病人や怪我人を石化封印措置することにより、延命し、適切な治療に繋げられるかという非常に有意義なものだった。

 少なくとも、リューファスはそう聞いた。


 実験や検査に疑問を持つことは多かったが、マッケリー教授はあまり説明を好まなかった。


 代わりに質問には、鼻眼鏡を掛けた茶髪の青年メッツァが答えることが多かった。

  

「ああ、そうそう。後でキミの血液検査をするからよろしくねー」

「……また血を取るのか」

 

 リューファスはうんざりしていた。

 戦場での切り傷や刺し傷、打撲は覚悟できるが、細い針で血を抜かれるというのは、どう考えても拷問や呪術の類だ。


「他人に害意なく、よく針だの刃物だのを刺せるな? 正直、正気を疑う行為だ」

「医療ってそう言うものでしょ? あなただって、戦場で人を刺したり切ったりしたわけじゃない? 相手を救うために、刃物を入れるほうが健全では?」

「そういうことではなく。 相手が痛がったり、傷ついたり、出血したりする行為する際には、思わず共感するものだろう」

「……へえ。 戦士でもそう言う感情はあるんだ?」

「相手が敵でなく、抵抗もしない人間ならそう思うのが普通だろう。ましてや、知る相手ならなおさらだ」

「なるほどね。でも、ここでは逆だよ。僕らは目の前の人間が苦しんでようと、やるべきことはやる。 それが仕事だし。……まあ、極力、倫理協定があるから、苦痛は避けるけど」

 

 メッツァの物言いは、傍若無人だが、嘘偽りのない本心のようだ。

 自分のしていることに何の疑問も持たずに、顔を見知った相手に喜んで針を刺している。


 リューファスは、「狂人め」と心の中で、吐き捨てるようにつぶやいた。


 だが、同時に奇妙な興味も湧いていた。

 この者達の言う医療行為とやらには、ある種の理があったし、目指すものには確かな価値があるように思われた。


 今、受けている奇異な扱いが、知的好奇心を満たすためであったとしても、結果的に社会には貢献しているとリューファスには判断できた。


(よく民衆がそれらの奇異な行為を、合理的に受け入れられるものだ。数百年経てば、民の在り方も変わるのか)


 いずれにせよ、リューファスとしては、割り切った関係を構築出来るならそれもいい。


 観察するに、マッケリー教授や、メッツァはあまりにも人間性に欠けているように思った。


 彼らは、感情や倫理よりも、実利や目的を重視した人種だった。

 コミュニケーションと言うのは、彼らにとって目的を達成するための手段にすぎないように見えた。


 ある種の商人にも近いようにも見える。

 強欲な商人は金のために他人を不幸することを問題視しないように、マッケリー教授やメッツァは、知識欲を最大限に重視した。


(倫理協定とやらが、大きな拘束力を持っていなければ、余がどう扱われていたかは想像したくないな)


 リューファスへの聞き取り調査や、身体検査は主に最初の1ヶ月でおおよそが終わった。


 残りは、石化解除と呪詛浄化後の後遺症が後から出ないかだけが、問題となっているらしい。

 定期的な検査で経過を見るだけの段階だ。


 最近では、マッケリー教授が直接、接触してくることはどんどん減ってきていた。


 結局はメッツァが、サンプルであるリューファスの管理役を任されるようになったらしく、研究者達への要求の窓口を担うようになった。


 待遇の窮屈さは、メッツァに申し立てれば、それなりに改善した。


 大学内の庭先で自由に運動する時間や、図書棟の閲覧許可なども得た。

 食事も、今までのように決められたメニューの食事を摂るのではなく、好きな物を選べるようになった。


 600年前にはなかった料理は、どれも新鮮で興味深かった。

 だが、リューファスは肉が好きだったので、焼いたり煮込んだりしただけのシンプルな料理でも、充分に満足だった。


 元々、質素でも苦にならない方ではあった。

 戦場で贅沢なものなど食べられなかったし、部下と同じ鍋の食事を共にすることも多かったからだ。


 また、リューファスは読書も好んでいた。


 元々、書物は知識の宝庫だ。

 すぐに簡単な読み書きできるようになると、リューファスは喜んでそれに没頭した。


「また本を読むの? 飽きないね」


 メッツァが話しかけてくる。


 だが、リューファスにとっての自由とは、メッツァに監視される不自由さと、ほぼイコールだった。

 正直鬱陶しく思った。


 メッツァは、リューファスの健康維持も自分の仕事だと思っているらしい。

 マメな男ではあった。よく気が利くし配慮もできるが、それは周囲からの評価や、自身のメリットを前提としたものだった。


「不便なことはない?」


 今日もまた、メッツァはリューファスに話しかけてきた。

 彼はよく、こうやって雑談を振ってくる。


 話の内容は他愛ないもので、大抵は彼の研究している魔術分野とはまるで関係のないことだった。


「ない。食事も悪くないし、運動もしている」


 リューファスはそっけなく答える。

 メッツァはそれに対して不満そうな様子も見せず、ただ笑っただけだった。


「健康的だね」

「貴殿も学者にしては、健康的な食事と運動を心がけているようだな」

「あ、それ偏見だよ。別に学者や魔術師だからって運動しない訳じゃないし、むしろこういう研究職だからこそ、適度な運動は欠かせないと思う。魔導ってさ、体力と集中力が大切だしね。こう見えて、大学の運動サークルにはたまに顔を出すんだ」

「なるほど。貴殿らしいな」

「どう? 君も一緒に汗を流してみない?」


 メッツァはそう言うと、ウインクをする。

 おそらく、彼なりにリューファスと親交を深めるつもりなのだろう。


 だが、端的に「気持ち悪いな」とリューファスは思った。


「遠慮する」

「……そう? それは残念。じゃあ、気が向いたら言ってよ。待ってるからさ」

「永久に、考えておく」


 そんなやり取りをしながらも、メッツァは何かとリューファスに話しかけてくる。

 そのたびに鬱陶しいと思いつつも、嫌悪を抱くことが無いのが、自分でも意外だった。

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