第4話 現代の主力兵器(ゴーレム)

 そして、周囲を見渡してから、メッツァは声をひそめて話し出す。

 彼の提案は、結論から言えばリューファスにとって、良いヒマつぶしになりそうなものだった。


「自動自立兵器……ゴーレムの対人戦闘データを取りたいって言う研究室があるんだ。で、その依頼を引き受ければ、武器使用許可も得られるかもしれない」

「なるほど。だが、ゴーレムとは何だ?」


メッツァは眉を上げると、小首を傾げた。


「まさか、ゴーレムをご存じない?」

「ああ。知らぬ」

「……半島にこの技術が伝わったのはいつからだったかな」


 メッツァは立ち上がると、書棚から本を一冊抜き出してテーブルの上に置いた。

 その表紙には『ゴーレム工学の基礎と応用』と書かれている。


「……これは?」

「見てごらんよ。これがゴーレム。 軍事用にはもちろん、建築や土木作業用にも使われているんだ。用途によって形は様々だけど、これが基本形さ」

「ほぅ……」


メッツァは、テーブルの上に置かれた本を手にすると、パラパラとページをめくって見せた。


 そこには大きな人型の図が描かれていた。リューファスはそれを興味深そうに眺めながら、本のページを自らめくる。


 そんなリューファスを見ながら、メッツァは感心したような笑みを浮かべた。

 予想以上の食いつきを見せるリューファスの、その好奇心が嬉しかった。


「サイズも様々でね。ほら、大きすぎると人間の建築物に入ったりするのに、問題があるだろ? だから、人間サイズかそれ以下で製作されることも多いかな。きみが見ているのは、工事や建築用の大型機だから巨大でしょ? その隣が戦闘用かな。こんな風に、複数体で連携して作業することもあるから、そこそこ頭数もいるし」

「それで、どの程度強い? 余の時代には、ゴーレムなどほとんどいなかったが……」


 メッツァは腕組みをして、しばらく考える。それから、首を振った。


「……強いよ、本当にね。でも、今のきみの知識に対して、なんて答えたらいいかわからないや。現代の戦闘の主力は、武装化した無能者ノーマジとゴーレムだからね。それに対する返答は、古い時代の価値観による戦術的判断と評価が必要だからさ」

「なるほどな。 今の余の知識を前提とすると答えられぬ、か……」

「まあ、戦ってみればわかるんじゃない? まり……」


 メッツァはそこで言葉をいったん切ると、悪戯っぽい笑みを浮かべてリューファスを見る。


「きみの力が、現代においても通用するかどうかを──ね」


リューファスは、挑発めいたことを言ったメッツァのその目に期待と好奇心の色があることを見てとった。


 リューファスは、さらに見透かすようにメッツァの目を覗き込む。

 多少、圧をこめたつもりだったが、メッツァは逆に笑って見せた。ひるまないメッツァの瞳の奥に燃える野心の炎を見た気がした。


 どこか、その瞳の炎に懐かしさを感じる。リューファスは、自分が何を懐かしく感じるのかわからずに不思議に思った。


「よかろう、その挑発に乗ってやる。 受けて立とう」


 メッツァは、満面の笑みを浮かべて、リューファスの手を握った。


「僕は嬉しいよ。本当に楽しみだ。 じゃあ、早速準備に取りかかろう。きみが『適切な結果』を出してくれれば、自由に向けて取り計らいやすくなるしね」


 馴れ馴れしく握られた手を、少し乱暴に振り払うと、リューファスは鼻を鳴らした。


 あえて、思惑に乗るのも一興。

 この退屈な生活に、少し刺激的な変化があっても良いだろう。リューファスは、口元をわずかに緩ませた。



***



 リューファスは鋼鉄の巨人の拳を剣で受け止めようとしたが、その一撃は剣ごと弾き飛ばされた。


 衝撃が腕をしびれさせ、大地を揺るがすような音が響く。


 風圧が黄金の髪を揺らし、心臓の鼓動が高まる。


 目の前に立ちはだかるのは、フィンダール共和国の誇る主力兵器、10式護法機兵だった。


 その巨体に似合わぬ俊敏な動作で踏み込み、左手に持った剣を軽々と操って、リューファスに襲い掛かる。

 間合いに入った刹那、リューファスは持つ無骨な大剣を振り上げ、鋼鉄のゴーレムの剣とぶつけ合う。激しい火花が散った。


 彼は自分がこれまで戦った敵とは異なる、この機械の動きの正確さに驚愕した。

 リューファスは、その剣撃の衝撃に耐えきれずに後ずさる。


「カラクリ仕掛けの人形風情が、なかなかやるっ」


 不敵な笑みを浮かべつつも、リューファスの瞳は冷静だった。


 敵の動きを見極めると、すぐに対策を練る。単純な膂力では敵わない。


 何度か剣と拳を交えて、挙動は理解した。魔力によるセンサーを使い、こちらの動きを先読みしていることにも気づいた。


 ならば、それを逆手に取るまでだ。


 リューファスは大きく振りかぶると、力任せに剣を振り抜いた。

 あえて、隙が大きい動きをしたのだ。


 刃と刃が衝突し、再び大気が衝撃によって振動する。鋼鉄のゴーレムの重心が右へと移動し、すぐに切り返されてこちらへ襲い掛かろうとしていた。


 護法機兵のセンサーはあまりにも感度が良すぎた。

 人間には不可能なほどに、最適な動きをしてしまう。それは、あらゆる誘導に正直に反応してしまうのと変わらない。


 鋼鉄の護法機兵が速度を殺さぬようにと横に力を逃がした瞬間、リューファスが渾身の蹴りを放つ。


「喰らえ、ガラクタ!」


 巨体が揺れ、鉄のひしゃげる音が響いた。リューファスの蹴りが10式護法機兵の上半身に命中し、鉄粉が周囲へ飛び散る。


 同時に、見物していた観客たちからどよめきがあがった。


「おい、今、蹴りで10式を破壊しなかったか?」

「嘘だろ、あれ本当に生身か?」


 10式護法機兵はリューファスの不意に放たれた蹴りに対しては、衝撃を逃がすことは出来なかった。


 それも当然だった。普通に考えるなら、大剣による攻撃にのみ着目して防御すればいい。

 10式護法機兵の強度を以てすれば、脅威度が低いはずの体術に対して一切の注意を払う必要はない――はずだった。


 リューファスは剣を構えると、一息で巨体に刃を突き刺した。

 火花が散り、鋼鉄が切り裂かれる音が響く。彼の心に迷いはなかった。


「終わりだ……まずは一体目!」


 力任せに振り抜くと、護法機兵は防御する間もなく崩れ落ちた。

 鉄屑と化した残骸を一瞥し、リューファスは次の敵を見据える。


 続いて、他の2体の機兵たちがリューファスを捕獲しようとするも、彼は落ち着き払った様子でそれをかわし、状況を見計らいながら次の動きを探る。


 周囲の観客たちに緊張が走る中、機兵らは迅速に行動を切り替えた。


 2体が繰り出す剣を巧みに回避しながら、リューファスはその隙間を縫うようにして攻撃を加える。


 鋼鉄の巨人たちは、その攻撃がことごとく空を切ることに現在の戦術判断を棄却。新たな作戦を立案。司令塔である魔術師の了解の上で、実行に移した。


 1体の機兵が後退し、前衛に回るもう1体の機兵が前方に切り込みを入れる。


 巨大な両刃剣を掲げながら近接戦闘に持ち込もうとするゴーレムに対し、リューファスは回避行動を取らず、冷静に機兵との距離を縮め始めた。


 迎え撃つ機兵はその巨体を俊敏に動かし、リューファスに剣を振り下ろす。リューファスはそれを紙一重でかわし、機兵の懐へと潜り込んだ。


 だが、10式護法機兵は肉弾戦における対象の脅威度を引き上げていた。防御用魔導バリアを展開して強烈な衝撃波を打ち出す。咄嗟にリューファスは厚い大剣を盾にして身を守った。


「その程度の攻撃で、この余を倒せると思うな!」


 彼はその衝撃波に吹き飛ばされながらも、空中で一回転し体勢を整えて着地する。


 10式護法機兵はその隙を逃さない。


 後衛の機兵は搭載された魔導エネルギー砲に魔力を充填し、通常時の何十倍もの放出を準備していた。ついに天井部ハッチを開放する。

 そのまま狙いを定めて、10式護法機兵に搭載される主砲『エーテル・カノン』をリューファスに向けて放った。


 光芒は巨大な射線を描き、標的へと吸い込まれるように進む。


 一方のリューファスは慌てる素振りも無く、両の腕を構えてそれを待ち構えているように見えた。


「来い! 心威ガイストっ、『燃え猛る闘争心フラメンテ・ムレータ』っ!」


 叫びながら両腕を振り上げるやいなや、そこに深紅に輝く魔力のオーラが現れる。

 そのオーラが、禍々しい獣の目のように発光すると真紅のマントとなって大きく広がった。


 リューファスはそのマントを巧みに操り、10式護法機兵の放つ主砲エーテル・カノンを弾き返す。


 魔力は全てうねり狂う火柱となり、10式護法機兵をまとめて溶解するように両断。

 割れた炎が火花を散らし、鋼鉄が溶けるグツグツという音が、主力兵器が、単なる残骸に成り下がったことを知らせていた。


 炎の中から無傷のリューファスが姿を現し、火の粉を払いながら立ち上がる。


 その眼差しは、冷静さとともに高揚感を孕んでいた。


 彼は剣を片手に持ちながら、周囲を見渡す。灰色の煙が立ち昇り、焦げた鋼鉄の残骸が静かに落ちる中、彼の心には戦士としての誇りが満ち溢れていた。


「さあ、次は誰だ?」


 リューファスの声は自信に満ち、かつての時代の栄光を垣間見せるものだった。


 瞬間、彼の周りにいた観客が一斉に歓声を上げた。


 これまでの戦闘がリューファスにかけた評価が凌駕したことを証明する瞬間だった。彼の行く先々に賞賛の口笛が飛ぶ。


「余は、リューファス。古き時代の英雄なり」


 そこまで威厳のある態度をとって、リューファスは何も言わなくなった。

 この程度のことで、調子に乗った自分に、すこし気恥ずかしくなったからだった。


(いかんな、勝利の高揚感が久方ぶり過ぎて、我ながら落ち着きがない)


 すると、横からメッツァが割り込んで言う。


「バカなの? いや、バカでしょ。 テストだって言ったでしょ、誰がここまでしろって言ったよ! 戦争じゃないんだよ! 脳みそまで筋肉か、バカが!」


 急に表情を変えてメッツァが大声で罵倒してくるので、リューファスはムッとなって言い返した。


「愚かな、突然に罵倒してくるとは」


 メッツァは呆れ返ったようにため息をついた。

 そして、少し考えてから言った。


「本当にわからないの? 今、主力兵器相手に生身で戦えるところを見せたのが問題だと言ってるんだよ。きみの判断力を評価してたのに、とても残念だよ」


 メッツァはようやく理解する。

 どうやら、リューファスは自分が闘技場コロッセオに運ばれてきた程度の感覚でいる。


 これは明らかに問題だった。


(この古代人は、世の中の常識以前に、角の経たない物事の道理というものが把握できていないみたいだ。確かに、妙にゴーレムが攻撃的ではあったけど)


 するとメッツァはすぐに更なる説明を始めた。


「普通の人間は、生身でゴーレムを討伐するなんて容易には出来ないんだよ。きみの立場は今なに? 石化を解いた前時代の人間でしょ、ここまで結果を叩き出すことが余計な注目を集めないと思った?」


 口調は軽いが、何故か高圧的だった。

 どんな些細な否定も許さないという風に。


「とりあえず、これ以上はイレギュラーなことをしないよう気を付けよう。きみが特別だと思われると、みんなの努力が無駄になる。自由がいらないなら、別にいいけど、期待された以上の結果は出さないでくれる? 端的に言えば、空気読めって意味のバカだよ。理解した?」


 鋭いトーンでまとめられた冷淡な言い回しが、リューファスにとって実に不愉快だった。


 ゴーレムの首を取ったことくらいで何の意味が生じるのか想像できなかったし、本当に、ここの住人たちと言語が通じているのか、未だに不審なくらいだった。


(よくわからぬが、余は不味いことをしたらしい。勝利を求められたと思ったのだが、何かが良くなかったようだ)


 とは言え、自分が何を間違ったか理解出来ないのでは謝罪も出来ない。


「結局、余の自由を認めたわけではないと?」

「まだ、そうじゃなかったという意味だよ。先に期待する内容を伝えるべきだったと思うのだけど、ある程度、良い勝負をして治めて欲しかったな。そこまで戦えると想定しなかったのはこっちの落ち度なんだけど。 勝ちすぎることは、時に負けるより良くないことなんだよ。わかってくれ頼むよ、リューファス。ああっ、途中で止めたらよかった!」

「……あのまま主砲で撃たれたら、余とて死ぬぞ」

「見てたよ! でも、きみ、全然待ち構えてる余裕があったでしょ。避けたら、当たらない軌道だったよ」


 メッツァは、そこで言葉を切ってリューファスの反応を見る。

 彼は、まだ納得がいかない様子で、不満げに言った。


「それで? 余は貴殿の期待を裏切ったのに、何も要求しないのか。別に謝罪をしてやっても良いのだが?」


 口を突いて出たのは、皮肉めいた言葉だった。


「ああ、謝罪はいらないよ。ただ、今後は大人しくしてくれればそれでいい」

「……わかった」


 久方ぶりに剣を振るえて、思いのほか楽しかった。

 リューファスは浮かれた気分を落ち着かせる。彼は自分の胸に手を当て、大きく深呼吸をする。


 肺がいっぱいになるほどの酸素を取り込み、そして、ゆっくりと息を吐いた。


 興奮が冷めていくにつれ、自分の行動の愚かさをほんのわずかに認識し始めるのだった。


(確かに、余は必要以上に、己の強さを誇示するような振る舞いはしていたな。アレはよくなかったかもしれん)


 だが同時に、この古代の王特有の自信と傲慢さが彼の心に根付いていた。


 それは彼が英雄であることの証左であり、またその欠点でもある。

 彼は自分が正しいと信じて疑わなかった。


 己の正義を疑った瞬間に、剣が鈍る。戦場の習いだ。だからこそ、リューファスは一人前と自負したころから、己を疑ったことはない。

 しかし、この新たなる時代では、そのやり方が通用しないのかもしれない、と思い始めていた。

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