闇に潜む者 Chapter1
御蔵の家から自転車を走らせること十分ほど。大宮駅から徒歩六分の町中華とオフィス街が立ち並ぶ場所に、目的地はあった。
グー○ルで調べていた駐輪場に自転車を停め、歩いて現地まで向かう。
「ここ……だよね」
そこは〝如何にも〟な雑居ビルだった。
一階はパンチパーマの受け付けがガラス越しに暇そうにしている
二階はカーテンが閉じられ、電気が着けっぱなしの汚れた電光掲示板が味を出している場末のスナック。
三階は〝
うわあ……ドラマのシチュエーションみたいだな。そんなことを思いながら階段を登っていく。すると、三階へと伸びる階段に差しかかった時。
老若男女入り乱れた列がズラっと並んでいた。
えっ……もしかして、この人達も面接?
そうだとするのなら、凄い倍率だ。
私は一番手前にいた男の人に話しかけてみることにした。
「あの、もしかして、面接の人ですか?」
振り返った男の人は——春先でまだ少し肌寒いのに、N◯Aのバスケタンクトップに、ストレートキャップ。首元には金色のチェーンが光り、恐らく漢数字を表した刺青がチラ見えしていた。
ラッパーやんけ。まさかこんな探偵事務所の面接で
ていうかうわあ……話しかける人、間違えたなあ。
「えっ、探偵? 探偵オーディション来た系?」
見た目通りの喋り方だった。
私はあらゆる状況を想定して
「はい……そうです」
「えっ、何で? JKが助手希望的な? アレだべ、コ◯ン見た系? 俺もだべ」
浅はかな理由過ぎるだろう、それは。私は苦笑を浮かべながら、得意の嘘を吐くことにした。
「いやあ、ちょっと……生活苦でして」
「俺と一緒じゃんか」
アンタはハ◯ス王子か。
「あれらしいよ、採用は一人だってさ。ま、ライバルだけど、お互い頑張ろうぜ」
ライバルねえ……アンタには余裕で勝てる気がするけど。私は何とか平静を装った。
「そうですね」
「俺、
はいはい……ご職業は何となく分かってましたよ。けど、その格好で面接ってのはいかがなものか?
確かに服装自由って書いてたけどさあ……バスケをしにきたのか、ラップをしにきたのかハッキリしてほしい格好だな。
「君、名前は?」
「真です」
「マコト? 渋いねぇ。友達からは何て呼ばれてるの?」
「普通にマコト、みたいな感じですかね」
「俺は
ケッ……私より可愛い呼び名じゃないか。
「本日二度目のよろしくぅ」
「うぇーい」とマイさんは拳を上げてきたので、なし崩し的に拳を〝ゴツンこ〟しておいた。まあ、見た目はアレだけど、悪い人では無さそうだ。話してみれば無知苦茶気さくで、面白い人だった。
「クソっ! なんだあの若造は!」
面接までの待ち時間。暇をあかした私が、マイさんにラッパーの挨拶について教えてもらっている時だった。
最初に探偵事務所に入って行ったちょっと年配の男の人が、プンスカと苛立ちながら階段をドスドスと降りてきたのだ。
「どうされたんす?」
マイさんが聞くと、年配の男の人が視線を向けてきて——マイさんの格好にちょっとギョッとしながらも返答した。
「あ、ああ……それがよ、履歴書を渡した瞬間、いきなり人格否定だよ。ここの探偵はとんでもないクソ野郎だ! エリートかなんか知らないけど——」
「えっ、野郎?」
私が首を傾げつつ呟くと、マイさんと年配の男の人両名に視線を向けられる。
私はワタワタとしながら、話を遮った釈明をした。
「いや、応募フォームの名前からして、てっきり女性だと思っていたんで……」
「ああ、そういうことか。いや、ヤツは若い男だった。それもガキみたいな童顔でな。くそお、今思い出しても癪に障る! アンタらもこんな所は辞めておけ!」
そう捨て台詞を吐いた年配の男の人は、ドスドスと音を立ててその場から去って行った。
私とマイさんは二人、顔を見合わせる。マイさんはポリポリと頭を掻いた後、
「俺、辞めとくわ」
「ええっ!?」
「俺って人間はさ……」
「はい」
「打たれ弱いんだべ」
そんな自慢にもならないこと吐いたマイさんは、私の横を通り過ぎ様に、
「短い間だけど楽しかったわ、あんがとね。俺は〝クラブ102〟って所で基本的に活動してるからさ、今度遊びにおいで。俺がいなくてもこのチケット見せたらサービスしてくれると思うよ。マコちゃんは可愛いからナンパされると思うからさ、遊びに来るときは彼氏と来な」
見れば、金ぴかの名刺みたいなカードだった。
「あ、ありがとうございます」
「ほんじゃあねー」
そう言ってマイさんは私と拳を〝ゴツンこ〟した後、背中を見せ、そのまま階段を降り——てる途中で、彼は首だけ振り返った。
「現役女子高生のマコちゃんが探偵の助手になったらさ……」
「はい」
「
「……はい?」
マイさんは一人満足げにニヤッと笑うと、そのまま階段を降りていった。
なんかよく分からんけど……良い人だったな。私は金ぴかのカードを懐に納めながら、そんなことを思うのだった。
他の面接受験者達は、軒並み探偵事務所から出てくると悪態をつきながら帰って行った。中には盛大に唾を吐いて、手を摺り合わせながら呪詛を述べる受験者もいたほどだ。
その様子を見れば聞かなくとも散々な面接だったことが伺えた。
……それにしても、唾を吐いて悪態つくほどだから、一体何を言われたのだろう。
別段受かる気も無かった私は、そんな些末な好奇心に駆られて、律儀に自分の番を〝忠犬ハチ〟の如く首を長くして待っていた。
——それから数十分。最後の面接者が悪態を吐いて去り、ようやく私の番がやってきた。
「失礼します」
地面に吐かれた唾を避けつつ、探偵事務所に足を踏み入れる。内装はやっぱり、〝如何にも〟な感じだった。
ブラインドが下がって薄暗い室内。石材の硬い床、名も知れぬデカイ観葉植物に大きい二組のデスク。そして——相談を受け負う場所であろうダークブラウンの対面ソファ。
そこに、
なるほど、確かに男の人だ。それに——結構、イケメンじゃないか。少し童顔だが、整った面持ちをしていた。座っているが、座高からしてかなりの高身長であることが伺える。
「どうぞ、そこに座っ——」
探偵は私の顔を見るなり、少し固まっていた。そして——。
「なんだ、女の子だったのか」
はあ?
……ああ、私の応募フォームの名前を見て、勝手に男だと思ったのだろう。
しかし、応募フォームには性別選択欄がついていたはずだ。探偵のくせに、そういう所をチェックしていないとかどうなんだよと少し思った。それに——アンタだって、
私がソファに座ると、探偵はちょいちょいと手を振った。
「じゃ履歴書出して」
感じ悪いなあ……こんなんでこの先、この人はやっていけるのだろうか?
私ならグー○ルレビュー星ゼロで悪評をかき込み、確実にリピートはしない。ピラッと履歴書を差し出すと、探偵は無造作にそれを受け取って、まじまじと眺める。
そして、フッと小馬鹿にするように笑った。
「高校は絵に描いたようなBランクか……」
初めて聞くワードだった。〝絵に描いたようなBランク〟気になるので実際に〝絵に描いたBランク〟を見せてほしいものだ。
引き続き、探偵は興味なさげに私の履歴書を暫く眺めていたのだが——私の三枚に渡る職歴欄を見た途端、突然表情を硬化させた。
「……結構、バイトしてたんだな」
「はい」
「何で?」
「理由としては二つありまして、一つは経済的な理由です」
嘘ではない。私の散財が、日本を経済を少しでも潤すと信じているからだ。
探偵は少し微妙そうな表情を浮かべた後、
「スーパーのレジ打ちから始まり、特殊清掃、遺跡発掘作業員、治験に墓参り代行、結婚式参列者……その他にも色々やってたみたいだが——関連性がある職業が無いが、それはどうしてだ?」
やはり聞かれたか。
スーパーから特殊清掃にジョブチェンジした時点で、他の職場から面接時にそのことは突っ込まれていた。
ここで、自信のスキルアップのためとか、適当でありがちなことを言ってはいけない。意識高いことを言えば「ああ……どうせウチもスキルアップの踏み台にされるのか」と企業はマイナスに捉えるからだ。下手したら直ぐ辞めるヤツだと思われる可能性だってある。
「それがもう一つの理由で、将来探偵になるためです」
その言葉に、探偵は首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「一度探偵に携わったことをやってみたかったんです。そのためには様々な経験が必要だと思いまして」
〝その〟職業に就くために研鑽を積んでいた……変人と捉えられかねないリスキーな理由付けだが、私のやってきた職は意図的に他ジャンル、かつ特殊で女子がやるにはキツい分野を選択してきた。それによって、言葉の信憑性を増大させるのだ。
将来就職したときに役立つかと思って始めた工作である。
実際、これを言えばかなり企業側からはかなり好印象を抱かれた背景があった。
しかし——目の前の探偵は個人事業主。組織というより、個人の採択によって全てが判断される。
さあ、どうでる?
私がキリリとした決め顔を向けて言葉を待っていると——。
「ふーん。じゃ、今回はご縁がなかったということで」
探偵はぴらっと履歴書を私に放りながら言った。果てにはその場か立ち上がり、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れだした。
自称、面接マスターの私は呆気にとられる。
「あの……失礼でなければ、何故不採用かをお教えいただけないでしょうか? 今後に生かしたいので」
私が聞くと、探偵は突っ立ってコーヒーを啜りながら、面相くさそうな表情を浮かべた。
「理由は三つある。一つは、君が無駄な努力に時間を費やす人間だということ」
はー……なるほど。そういう風に受け取りやがりましたか。
「もう一つは通ってる高校が絵に描いたようなBランクなこと」
だから、何なんだそれは。学歴不問、熱意のある方って書いていたじゃないか。
「もう一つは君が——」
その時。探偵は何かを言いかけた状態のまま、まるで時が止まったかのように静止した。
表情を硬化させ、出口方面の一点を見つめていた。
それはミスディレクションさながらの動作で、私も釣られて探偵の向けた視線の方向へと顔を向ける。すると、そこに居たのは——。
「あっ……かわいい猫ちゃん」
毛並みの良い、首輪をした三毛猫だった。三毛猫はおすわり状態で首付近を足で掻いて欠伸をした後、私の方向へと歩みを進める。優雅に歩くサマは、まるで洗練されたパ○ジェンヌのようだった。
「ちっちっち、おいでおいで」
ちょいちょいと手を振ると、私方面へと目を見据える三毛猫。
「何を呼んでんだ、そんな毛玉!」
……毛玉?
いきなり探偵に怒鳴られたので、私は驚いて探偵を見る。探偵は表情を硬化させたまま、じりじりと後ずさっていた。
「え、この事務所の飼い猫じゃないんですか?」
「何を馬鹿なことを! そんな野獣を近づけさせるな!」
野獣って……。所作から分かったが、相当猫が苦手らしい。私はとりあえず言われた通り、探偵の方へ猫が行かないように抱きかかえようと手を伸ばした時。
「あっ」
「ひゃあああっ!?」
猫が私の手をすり抜け、コーヒー片手に突っ立っていた探偵へとダイブした。
ドンガラガッシャン……コーヒーが盛大に窓へとまき散らされる。ドシンと尻餅をついた探偵は、差し迫る猫から逃げるようにその場でのたうち回っていた。
「ひゃああ!? 頼む、頼むからこの毛玉を取ってくれ!」
探偵の上でマウントポジションでじゃれつく猫。それを探偵は芋虫のように床を這いずりながら何とか逃れようともがいていた。
「ああああ! 毛玉が、毛玉が俺の体にぃっ!?」
アンタは逆ドラ○えもんか。
私はため息を吐きながら猫を捕まえようとして……突如降臨した、私の中の悪魔の囁きによって手を止めた。
「どうしようかなあ……」
「な、何を言ってるんだ! 早く取ってくれ!」
私は滅多なことでは怒らないし、怒りたくない。しかし、この男にされた数々の非礼……コレを黙っていれば、お天道様の上で見守ってくれているご先祖さまにも申し訳が立たないというモノだ。そんな謎スピリチュアル理論を打ち出した私は、この状況を利用してこの非礼な探偵に意趣返ししてやろうと決めたのだった。すると——。
「分かった! 分かった! 分かったから!」
「はあ、何をです?」
「一万! 日当代一万払うから!」
探偵はとんでもないことを口走り始めた。
「お金払うほど猫が嫌いなんですか?」
「嫌いってもんじゃない! あああああ、なんか体こすりつけてるぅぅうっ! 助け、助けっ——」
ふむ……猫をどかすだけで一万円か。これはかなりデカイぞ。私の心がかなり揺れ動き始めた時、
「二万払う! 二万払うからぁ!」
探偵はいきなり増額し始めた。私はこの際、どこまで値段がつり上がるのか試すことにした。
「もっと、誠意を見せてほしいですねえ……」
「ああああ、まじでやばいって! 頼むよお!」
断末魔のような叫びを上げた探偵に、流石にかわいそうになってきた私は猫をどけてあげようとすると——。
「分かった、三万払うから! 三万払うからお願いだよお!」
「ひっ……」
ドスンと何かが落ちる音共に軽く悲鳴がして、私は猫を抱きかかえながら振り返る。すると——。
「お、男がのたうちまわって、じょ、女子校生を……買おうとしてる」
若い女性が尻餅をついた状態で震えていた。
「いや違——」
私が否定の言葉を吐こうとした時、尚も猫が体に乗っていると思っている探偵がその場で駄々っ子のようにのたうち回りながら——。
「四万払うから頼むよお!」
「いやあ!」
その言葉に、若い女性は耳を押さえてうずくまった。
私はニャーニャーと鳴く三毛猫を抱いたまま暫く放心していた。探偵事務所に流れる、カオスな空気を感じながら——。
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