14 冒険者登録

 本来は存在しないはずの強力な魔獣の出現。

 それは試験監督をしていた現役冒険者であっても対処が出来ない程の、まさしく想定外の事態であった。


 誰も彼らを責めることは出来ないだろう。

 あの猪型の魔獣は本来であればDランク以上の冒険者が十数人がかりでやっと倒せるようなものなのだ。

 それが何の兆候も無く突如出現したのだから、もうどうしようもないのである。


 高ランクの冒険者は基本的に都市に出ていってしまうために、ここのような地方の村や町に滞在している冒険者はその多くがDランク程。

 中にはCランクの者もいるが、いてもせいぜい一人や二人程度。


 どう足掻いても彼らに勝ち目など無いのは明白であり、下手に戦わずに助かりそうな者たちを避難させようとしただけでも上出来と言えるだろう。


 ただ、今回は条件が違った。紛れもなく、奇跡が起こっていた。

 アルカと言う存在が、卒業試験に参加していたのである。


 結果として魔獣は彼女によって容易く討ち取られ、一人の犠牲者も出ることなく卒業試験は終了したのだった。


 ――――――


 それから数日後。

 里奈は冒険者ギルドへと呼び出されていた。

 

 いや、厳密には彼女だけではなく冒険者学校の卒業者の大半である。

 今日は冒険者学校の卒業者が冒険者登録を行う日なのだ。 


「Eランクか……まあFよりはマシだな」


「俺もEランク。けど、先に俺の方がDランクになっちゃうもんね」


 ほとんどの者は最低ランクのFよりかはマシ程度であるEランクを言い渡されていた。

 そうは言ってもFランクとEランクには雲泥の差があり、本人の実力も受けられる依頼の難易度もまるで違うと言っていいだろう。

 でなければわざわざ冒険者学校に通う意味など無いのだから、当然と言えば当然である。


 そんな中、ついに里奈の番がやってきた。


「……えっ?」


 受付嬢により手渡された冒険者登録証に里奈は驚く。

 なんとそこにはCランクの文字が書かれているのだ。


「な、何かの間違いじゃないですか? いきなりCランクだなんて……」


 流石に何かの間違いだろうと、里奈は受付嬢に確認を取ったのだが……。


「いえいえ、間違いではありませんよ。アルカ様のご活躍は私たち冒険者ギルドも存じ上げておりますからね」


 受付嬢はそう言って柔らかな笑みを浮かべるばかりである。


 それもそのはず。これは決して間違いなどでは無く、正真正銘ギルドの決定なのだから。

 と言うのも、当然のことながら卒業試験での彼女の活躍は冒険者ギルドにも伝わっているのである。


 魔獣を討伐し、襲われていた者たちの命を救った。

 言ってしまえばそれだけのことだが、その功績は彼女が思っている以上に凄まじいものであった。

 だからこそCランクと言うかなりの高ランクでの冒険者登録が許されたのだ。

 

「そう……なんですね。そっか、Cランク……か」


 ただ、それを説明されてもなお里奈はいまいちピンと来ていない。


 なにせCランクと言えば冒険者の中でも相当な上澄み。

 多くの冒険者がBランクのままその生涯を終えることを考えれば、Cランクからのスタートと言うのがどれだけ破格なのかがわかることだろう。

 故に彼女がそんな状態になってしまっても決しておかしくはないのである。


 とは言え、そんなことは周りにとってはどうでもいい事だった。


「アルカと言ったか。突然ですまないが、私のパーティに加わる気はないだろうか」


「えっ……?」


 早速パーティへの勧誘を受ける里奈。

 そう、Cランク冒険者ともなればその価値は高く、まさに引く手あまたなのだ。

 

「おい、抜け駆けしてんじゃねえよ。なあ、アルカちゃんは俺らのパーティに入りたいよな?」


「ちょっと、彼女は私のパーティにこそふさわしいはずよ……!」


 最初に里奈に声をかけた男に続いて、何人もの冒険者が彼女への勧誘を行う。


 その光景はまさしく奪い合いの戦争である。

 冒険者学校の卒業者が冒険者登録をするこの日、冒険者ギルドは戦場と化すのだ。


 何故ならば、今の里奈のようなとんでもない逸材が出てくる可能性があるから。

 優秀な卒業生を何としてでもパーティに加え入れるのだと、皆が躍起になるのである。


 その結果、勧誘の勢いは徐々にヒートアップしていき、いつしか乱闘騒ぎへと変わっていった。

 

「何してるんですか! 皆さん落ち着いてください!!」


 かと思えば受付嬢が前に出てきて……。


「ぶぁっ!?」


 持っていた謎の液体を彼らにぶっかけた。

 考えてみれば当然のことだが、もはや恒例行事と化したこの乱闘に対する対策をギルド側がしていないはずが無いのだ。


「うぉぉっ!?」


「きゃぁっ」


 液体をかけられた者たちが次々に足を滑らせて倒れて行く。

 見ればこの液体はヌルヌルとした粘液のようなもので、これのせいで彼らが足を滑らせていることは明白である。


「まだ……やりますか?」


 そんな彼らの前に受付嬢は仁王立ちし、追加の液体をかけようとする素振りを見せた。


「おっ、おう……しっかりと理解したぜ」


「わかったから、ひとまずそれを下ろしてくれ……!」


 これ以上ぶっかけられては困ると、次々に降参を宣言する冒険者たち。

 もはや誰もこれ以上の乱闘を続ける気はないようで、皆静かにその場を立ち去っていく。


 こうして用意周到なギルドと訓練された受付嬢によって、乱闘騒ぎはあっという間に鎮圧されたのだった。

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