13 救世主は遅れて参上する

 大きな牙を持つ猪のような姿をしたその魔獣は鼻息を荒くしながら眼前の生徒たちを警戒している。

 その様子はまさに荒れ狂う暴走猪と言ったものだった。


「ブルロォォォ……」


「ッ……!」


 少しでも隙を見せれば即座に突進されてしまい全滅は必至。

 それを本能で理解しているのか生徒たちは動けない。


「全員固まれ! 常に奴を見続けて警戒を続けろ……!」


 そんな彼らに指示を出したのは試験監督を担当していた現役冒険者だ。

 流石は現役と言ったところだろうか。こんな想定外の状況でも的確に指示を出していた。


 だが、いくら的確な指示を出した所で彼はまだ冒険者としてはひよっこなのだ。


「だ、誰か助けてくれぇっ!!」 


「おい待て……!! クソッ……!」


 極度の緊張に耐えられなくなった一人の生徒があろうことか魔獣に背中を向けて逃げだしてしまった。


 こう言った膠着状態において先に動いた方が負けとはよく言ったものだ。

 勝ちを確信して先制攻撃に出るのならともかく、隙だらけで逃げているのだからもうどうしようもない。

 これでは自ら死へと突き進んでいるようなものだろう。


「……グモァァァッ!!」


 いや、「ようなもの」では無い。

 魔獣は彼を標的に定め、既に突進を開始しているのだ。

 こうなればもはや待っているのは確実な死である。


「グルォァァァァッッッ!!」


 恐ろしいまでの質量が生徒の背中を追う。

 それはまさに暴走特急。ぶつかった瞬間に彼の小柄な体は弾け飛び、無惨な姿になってしまうだろう。

 

「う゛わ゛あ゛あ゛っぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ……!!」


 後ろから迫る気配に気付いたのか、彼は必死に叫びながら走り続けた。

 しかし彼がどれだけ本気で走ったところで逃れることは出来ない。

 それだけこの魔獣の突進速度は凄まじいのである。


「だ、助げ……助げでぐれぇ゛っ」

 

 自分の末路を悟ってしまった彼は息も絶え絶えに助けを求め続ける。

 だが現役冒険者も含め、周りにいる者たちは彼がこのまま死んでいくのを見守ることしか出来なかった。

 下手に手を出せば死ぬのは自分なのだ。


 当然のことだが、結局は自分の身が一番大事なのである。


「すまない……俺が力不足なばかりに……」


 刻一刻と迫るその時を待つことしか出来ない現役冒険者は、自身の無力さを呪いながら彼への謝罪の言葉を口にする。


 ……しかし、結論から言えば彼が死ぬことは無かった。

 突然飛び込んできた何かが、瞬時に魔獣の首を斬り落としたのだ。


「遅れてしまってごめんない……!!」


「きっ、君は……!」


 それどころか、その何かは信じがたいことに一人の少女であった。


「アルカ……!? そうか……君が、あの魔獣を倒してくれたのか……!」


 そんな彼女を、現役冒険者である彼は知っている。

 当然だ。この町を拠点にしている冒険者で彼女を知らない者はいないのだから。


 その名はアルカ・ルーン……突如としてこの町に現れた最強の少女剣士である。

 その実力は凄まじく、かの剣聖に匹敵するのではないかと噂されている程だった。


 なお、彼女が既にその剣聖を超えていることに気付いている者はいない。

 何故なら里奈自身が力を抑えているから。 

 そうしないと修練相手の首が先程倒した魔獣のようになってしまうのだから仕方がないだろう。


「アルカ、君のおかげで助かったよ。感謝する。……うん? いや、ちょっと待ってくれ」


 危機が去った事で落ち着きを取り戻した彼は里奈に感謝の言葉を述べる。

 と同時に何か違和感があることに気付いたようだった。


「そうだ、君は確か……別のチームだったはずでは……? それも、ここからかなり遠くの……」


 そう、彼の言う通り里奈は本来別のチームにいるはずなのだ。

 それこそが違和感の正体であった。


 この卒業試験は複数のチームに分かれて行われており、互いのチームが変に干渉しないようにチーム同士の間隔はかなりの距離を空けている。

 直線距離だけで考えてもざっと数キロメートルはあるため、基本的には別のチームの危機に駆け付けることなど不可能。


 つまり、彼女が今ここにいること自体が摩訶不思議な現象であり、強烈な違和感になってしまうのである。

 

「はい。なので悲鳴が聞こえた瞬間にすっ飛んできました」


「すっ飛んで……え?」


 とは言え、当の本人は特に何も気にしていない様子。 

 それもそのはずで、この程度の距離は彼女にとっては大した距離では無いのだ。


「は、はは……」 


 そんな里奈のあまりにも規格外過ぎるスペックに、もはや彼は笑うことしか出来なかった。

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