7 魔法の次は剣術
5歳にもなれば運動も結構出来るようになってくる。
であれば、そろそろ剣術に手を出す頃だろうと里奈は考えていた。
ちょうどルナとの魔法の特訓が終わった訳であり、タイミング的にも申し分ないと言えるだろう。
そのため、里奈は思い切って剣術を教わりたい旨をクラインに伝えたのだった。
「そうか。とうとう、この時が来たか……」
「やっぱり、駄目……?」
しかし、あれだけ娘大好きなクラインである。
壁打ちが基本となる魔法の特訓とは違い、剣術の特訓は危険が伴う。それを許せるはずが無いだろうと里奈は半ば諦めていた……のだが。
「フッ……フフッ……」
「お父さん……?」
「ハハッ、そうかそうか! いやぁ、ついにこの時が来たんだなぁ」
里奈の予想に反して、どういう訳かクラインは嬉しそうにしていた。
娘が傷つくかもしれないのにその反応はどうなのかと思う里奈だが、彼の表情を見てすぐにそうではないことに気付く。
「アルカはこのまま魔術師として生きて行くもんだと思っていたんだが、まさか剣術にも興味があったなんてな。お父さん嬉しいよ」
「そうなの……?」
「ああ、なんてったって俺は若い時は剣聖なんて言われていた程の剣士だったからな。アルカにもその血は受け継がれていそうだし、このまま魔術師になるのなら正直勿体ないなあとは思っていたんだ」
「そうだったの……!?」
それ初耳なんだけど、とでも言いたげな顔で里奈はクラインの話を聞いている。
と同時に、それならば確かに子供には剣士の道を進んでもらいたいだろうなぁ……とも思っていた。
感覚的には有名スポーツ選手が自らの子共にも同じスポーツのトップ選手を目指してもらいたいのと同じような感じなのだろうと、里奈は一人で納得しているのである。
とは言っても、それを抜きにしても魔獣が当然のように存在する世界において戦える力があるに越したことは無いのである。
それはもちろん剣術も例外では無く、そう言った戦闘スキルを護身用に身に着けさせたいのはこの世界の親として当然のことなのだろう。
そんな訳で、あれよあれよと言う間に里奈はクラインに剣術を教えてもらうことになったのだった。
仮にも剣聖と呼ばれた存在に指南してもらえるなど、聞く者が聞けば嫉妬の炎で狂ってしまう程だろう。
そこはやはり実の娘ならではの特権なのかもしれないな~などと里奈は軽く思っていた。
しかし、数日も経たない内に里奈は剣聖に剣術を学ぶと言う事の意味を知ることとなる。
「どうした、もう終わりなのか? お前も俺の血を引いているんだから、この程度で終わる訳はないだろう?」
「ぐっ……うぅ……」
特訓の最中、クラインにいつもの娘大好き甘々溺愛お父さんとしての姿は無かった。
常に重苦しい気配を放ち、その鋭い眼は見るだけで低級魔獣を殺せてしまうのではないかと言う程に洗練されている。
そう……特訓を行っている間だけ彼は父親では無くなり、英雄と謳われた剣聖へと戻るのだ。
「まだ……まだぁ!!」
しかし、それでひるむ里奈では無かった。
何故なら強くならなければ待っているのは死なのである。
それに比べたらこの程度の苦痛、なんてことは無かった。
「良いぞアルカ、その調子だ……!!」
「ぐぁっ……!」
それでも、何度立ち上がり打ち合っても里奈はクラインに一撃入れることすら出来なかった。
それどころか挑むたびに容赦なく地面へと叩きつけられる。
痛く、苦しく、辛い。
そんな毎日を過ごすこと数か月。
「はぁぁぁっ!!」
「ッ!? ハッ、ハハッ……よくやったじゃないか、アルカ……!」
ついに里奈はクラインに一撃を入れることに成功したのだった。
もちろんクラインだって5歳を相手にして本気を出してなどはいないだろう。
それでも一般的な5歳児を基準にすればありえない程の負荷を里奈に与えていたのは事実である。
故に、その一撃を受けた瞬間のクラインはとても嬉しそうであった。
剣聖の娘としての才と根性を、里奈から感じたのだ。
その翌日からクラインは徐々に特訓のペースを上げて行った。
彼女ならばきっと付いてこられるだろうと判断したのである。
すると彼の考え通り、里奈は死ぬ気で食らいつきながらみるみるうちに腕を上げて行った。
その結果、里奈が8歳になる頃には彼女とクラインは対等に打ち合うことが出来るようになっていた。
それから更に2年が経ち、里奈が10歳になった時のこと。
クラインは唐突に特訓の終了を里奈に言い渡したのだった。
と言うのも、既に里奈はクラインを優に超える程の実力を手にしてしまっており、本気を出すと彼に致命傷を与えかねないために力をセーブしている状態なのだ。
その事実にクラインは気付いたため、剣士として里奈に教えられる事はもう何一つ無いのだと察し、特訓を終了して彼女を新たな道に進ませようとしている訳である。
そしてその新しい道と言うのが……。
「アルカ、お前ならもっと上を目指せる。そのためにも、お前を『冒険者学校』へと通わせようと思うんだ」
そう、冒険者である。
それこそが彼が里奈に示した新たな道であり、青天井な実力主義の世界にして、後世にまで名を語り継がれるような大英雄への道であった。
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