プロローグ

2 秘密の特訓

 里奈がこの世界に転生してから早三年が経った。

 すくすくと育った彼女も今や三歳。それだけの時が経ったからなのか、里奈はクラインとセシリアの二人を自分の両親だと感じられるようになっていた。


 そして体もある程度成長し、活動範囲も増えた今、彼女はいよいよ動き出すことにしたのだった。


「確かこっちだったはず……」


 里奈はとある部屋へと向かう。

 その部屋と言うのが、ずばり書斎である。

 この世界に魔法が存在するのは確認済みであるため、里奈はまずはそれを習得しようと考えたのだ。


 何しろ今の彼女はいくら自由に動けるとは言え、まだまだ子供も子供。

 たった三歳が武器を振って魔獣を倒すなど到底不可能なのだ。


 幸いにもルーン家は勇者の血筋と言う事もあり、この家の書斎には多種多様な魔導書が存在している。

 それだけの量と質をもって幼少期から魔法の学習が出来れば、魔術師として大成するのはもはや確実と言えるだろう。


「ここだ! ではでは失礼して……」


 辺りの確認をしてから、里奈は静かに書斎の中へと入った。

 いくら勇者の子孫とは言え、三歳の少女が魔法について学ぶなど前代未聞であることに変わりは無い訳である。

 そのため、彼女はこれらの一連の行動について両親には知らせていないどころかバレないように隠れて行うことにしたのだった。


「いっぱいあるけど……どれから読んだらいいんだろう?」


 書斎内には古今東西あらゆる場所から集められた本が敷き詰められている。

 それだけの数があると、一体どれから読めばいいのかがわからなくなるものだろう。

 そこで里奈が取った選択と言うのが……端から全部読むと言うものだった。


 とは言えそれ程の物量を読むとなれば、かかる時間も相当なものとなる。

 それだけの長い時間書斎にこもっていれば、里奈の所在が気になったセシリアが彼女を探し始めるのも当然のことだろう。


 そこで里奈は自身が書斎にいることを知られないように、まず最初に分身魔法についての情報を探したのだった。

 分身を囮にして自分は本を読み放題と言う寸法だ。


 幸いにも、里奈はすぐに分身魔法についての本を見つけることに成功した。

 流石の品ぞろえと言う他無いのは当然の事として、クラインが几帳面だったことも大きいだろう。

 分野ごとにわかりやすく本がまとめられていたために、里奈でもすぐに発見出来たのだ。

 

 その後、魔法の基礎を学ぶための本を一通り読んだ里奈は早速分身魔法の習得を行うことにした。


「魔法は詠唱でイメージを固めて発動させるもの……それなら、イメージをより強く念じれば更に大きな効果が出てくるはず」


 この世界の魔法がどういう物なのかを何となくだが理解した里奈は頭の中でイメージを膨らませて行く。

 そのイメージが具体的で、鮮明である程に魔法の質は向上するのだ。


 その点において里奈は強かった。

 何しろ元の世界においてもしょっちゅう妄想をするような人間であったため、イメージ力で彼女を超える者はこの世界でもそうそういないと言える程である。


 更にはルーン家としての高い魔法の素養や、生まれながらの膨大な魔力量もあるのだ。

 里奈は間違いなく魔法の天才と言っても差し支えない逸材であると断言できるだろう。


「できた……!」


 結果、里奈はあっという間に分身魔法を習得することが出来たのだった。

 そうなれば後はもう、大量の本を読んでその知識を自らのものとするのみである。

 もはや魔法に関するものだけではなく、この書斎にある本を全て網羅することも不可能ではないだろう。


 だがある時、事件は起こった。

 上級魔法についての本を読んでいた里奈は誤って魔法を発動させてしまったのだ。


 幸いにもギリギリの所で窓の外へと身を乗り出して、部屋の外へと魔法を射出することが出来た里奈だが、それにセシリアが気付かないはずが無く……。


「アルカ!? そこにいるの!?」


 この世界における里奈の名であるアルカの名を叫ぶセシリアの声が、屋敷中に響き渡るのだった。

 このままでは不味いと思った里奈だが、残念ながら書斎には隠れる場所も無い。


 そもそも里奈が発動させてしまった魔法は上級魔法の中でも特に強力な炎魔法である「ギガフラム」と言う魔法である。

 ただでさえ上級魔法は極一部の魔術師にしか使用できない代物だと言うのに、このギガフラムはその中でも更に使用できる者が少ないのだ。


 そんな魔法を発動させてしまった以上、もはやどう足掻いても隠し通すことは出来ないだろう。


「どうしよう、どうしよう……!」


 焦る里奈はバタバタと慌てた様子で本をしまっていく。

 せめてもの証拠隠滅なのだろうが、もはやその行為に何の意味も無いのは確定的に明らかである。

 

「アルカ!? どこにいるの!?」


 そんなことをしている間にも、セシリアはアルカを探して屋敷中を走り回っていた。

 そしてついに、書斎へとセシリアがやってきてしまう。

 

「アルカ……?」


 まだ三歳だと言うのに書斎で魔導書を読んでいた里奈の姿を見て、セシリアは一瞬動きを止めた。

 現実を受け止めきれないと言った様子だ。


「あっ、えっと……」


 そうして、もはやどうやっても言い逃れの出来ない状況へと追い込まれた里奈。

 このままでは決して無視できない怒られが発生すると彼女が覚悟したその瞬間……。


「アルカ……! 無事で良かった……!」


 里奈の予想とは裏腹に、セシリアは彼女を強く抱きしめると共に無事を喜んだのだった。


「お母さん……?」


 予想外の状況に困惑する里奈。

 だがセシリアは変わらず彼女を抱きしめ続けた。


 考えてみれば当然のことだろう。

 あれだけの魔法が、あろうことか屋敷で発動したのだ。まず何よりもアルカが無事であったことを喜ばない訳がないのである。


「ごめんなさい、お母さん……私、勝手に本を読んで魔法を……」


 そんな我が子を第一に思うセシリアの心情に気付いた里奈は、思わず謝罪の言葉を口にしていた。

 

「いいのよ。貴方が無事ならそれでいいの」


 するとセシリアはそう言って、里奈の頭を優しく撫でる。


「それに私が注意不足だったわ。まさかアルカがあんな魔法を使えるだなんて思っていなかったから……うん?」


 そしてアルカが無事だったことで自身も安心したのか、そこでセシリアはやっと何かがおかしいことに気付いたのだった。

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