第2話
「シエルさんの屈辱を晴らしたいと願うのでしたら、三日後、放課後に此処でお会い致しましょう」
スカートの裾を掴み、優雅な礼をオーロラが見せる。
踵を返して立ち去ろうとするその背中を、ソレイユは真っすぐに見つめて名前を呼んだ。
「オーロラ様」
「いかがいたしまして?」
「――本気で参りますので、お覚悟のほどを」
「ふっ……フフフッ……オーッホホホホッ!! よろしくてよソレイユ様! そうでなければ、面白くありませんもの――!」
喜びに満ちた高笑いを零しながら、オーロラは優雅な足取りで庭園を後にした。
「お姉さま、ごめんなさい……。私のせいでオーロラ様と……」
身を起こし、その場に座り込んだシエルは申し訳なさそうに項垂れた。
そんなシエルの手を握り、ソレイユはシエルを落ち着かせるべく穏やかな微笑みを浮かべて見せた。
「気にしないで、シエル。貴女が悪いことなんて何も。怪我はない?」
「はい……オーロラ様が手加減をして下さいましたから……」
「そう……。とにかく、貴女が無事で良かった。さぁ、一緒に学院に戻りましょう」
「はい」
二人はようやく立ち上がり、スカートの汚れを払って歩き出す。
ソレイユはこの件を教師に伝えるべきか悩んたが、言ったところで無駄であると思い直した。
この学院に通う生徒は、その全てが騎士を操る奏者なのである。そして教師もまた然り。
お嬢様を育て、奏者をも養成するこの学院において、
(生徒間で切磋琢磨しろってことらしいけど、こんなのはただの一方的な暴力……到底許せない)
しかしオーロラほどの女傑が、そこまでしてでも自分との
彼女は本気であるのだと、ソレイユは固く拳を握り締めた。
(穏やかで華やかな世界で健康的に生きていけると思っていたけど……騎士の力を持っている以上、逃げられないか……)
ソレイユの脳裏に、忘れられない前世の有様が浮かび上がる。
藤ヶ丘陽奈としての人生は、たったの二十七年で幕を閉じていた。
大病を患った訳でもなければ、事故に巻き込まれて死んだ訳でもない。
死因は、ゲームにのめり込むあまり無茶な生活を繰り返し、不摂生が祟っての心臓発作だった。
一日三食の内、二食が菓子パンとエナジードリンクの類ばかり。
残りの一食もカップ麺、もしくは食事を摂らないことも珍しくはなかった。
ゲームの合間にお菓子をつまみ、徹夜なんて日常茶飯事。
入浴だけは怠らなかったが、その他の全てが疎かだった。
陽奈が命を落としたのは、人気対戦ゲームのプレイヤーとして、そして動画配信者として確かな知名度を得られ始めた直後のことだった。
その日も徹夜でゲームをし続けていたのだが、突然胸に強烈な痛みを感じたが最後。
鼓動が止まり、そのまま帰らぬ人になったのだ。
強烈な痛みと息苦しさに呻きを上げる中、霞む視界に映り込んだのはテーブルに大量に並んだ空の菓子パンの袋と、積みあがった空き缶たち。
陽奈はようやく自身の不摂生を過ちだったと認識したが、それに気が付くにはあまりにも遅すぎたのだった……。
その経験故に、ソレイユとしての第二の人生は健康をモットーに生きることを決めていた。
他者と争う事柄には関わらず、穏やかに長生きをする。
だからソレイユは騎士の力を宿しながらも、一度も
しかしだからと言って、騎士を扱えないということではない。
寧ろ、ソレイユには誰よりも上手く騎士を操る自信があった。
(とは言え、キャラ対策は出来てない。三日間で詰めないと)
「シエル、ちょっとお願いがあるのだけれど、良いかしら?」
「はいっ! 私、お姉さまの為になら何でもします!」
「ありがとう、可愛い私のシエル。では、オーロラ様の
「分かりました。集めてお姉さまに送ります」
「よろしくね。……シエル、貴女の仇は私が絶対にとります。勝利を貴女に」
「お姉さまっ……!」
大きな瞳をうるうると滲ませて、感極まった様子のシエルがソレイユの腕に飛びつくようにひっつく。
あらあらと微笑みながらも、愛らしい後輩のためにも必ず勝利することを、シエルは固く胸の中で誓っていた。
それからのソレイユは、生活の全てを対オーロラ戦に捧げた。
全寮制のこの学院では、生徒一人に一つの部屋が与えられている。
それを幸いにと、ソレイユは空いた時間の全てを自室で過ごす様になっていた。
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