第三話 同じ部屋で二人きり!?

 ガシャゴンガシャゴン。


「そろそろ、学院に着く頃だ。イシュタル、準備はできたか?」


「はい、お父様!」


 ガラガラ。


 馬車の窓を開け外を見れば、それは否が応でも視界に入る。それほどにデカい。そう、貴族学院の校舎だ。その校舎はまるでハニー・ポッターに出てくる城のようであある。


「そろそろ街に入るぞ」


「はい!」


 久しぶりにワクワクするな。これが少年心ってやつか?!


 ところでシャルカさんの機嫌はっと。

 左横に座っているシャルカへと目をやる。彼女は窓から街を眺めていた。


 


「……それにしても綺麗な街」


 シャルカが呟く。

 確かに彼女の言うとおり、綺麗な街だ。俺の家の領地も負けてはいないが、流石に首都と比べるのは可哀想だ。


 しばらくすると、学院の門が見えてきた。


「そろそろだぞ」


「はい!……」


 遂に……。遂に学院入学!! 前世では灰色、いや漆黒だった学校生活……。


 今世こそは! 虹色の……いや真っピンク色の学院生活を送ってやるぞおぉ。


 ゲヘゲヘゲヘへへ。


 ゴッ。


 くっ、左足に衝撃走る……。


「何するんですか? シャルカ!」


「あんたから発情の匂いがした。それに顔が……きもい」


 軽蔑の眼差しが俺に突き刺さる。……だが、これはこれで……。気もちぃかもぉおおお。


 ゲヘゲヘッ。


 ゴッゴッゴッ。


「なんで三回も蹴るんですかぁああ〜」


 ◆


「やっと着きましたね」


 門の前に着いた。さて降りるか。


 よいしょっと。


 それにしても左足がまだジンジンするなぁ。


「ようこそおいで下さいました。トーマス家の方々」


「こ、こんにちはっ!!! 今日からお世話になります、イシュタル・トーマスです!……以後お見知りおきを ペコッ」


「これはこれはご丁寧に……。顔をお上げください」


 良かったぁ。この人良い人そうだ。他の人たちもこんな感じだったらいいな。




「では、イシュタル様のみ、こちらにお越し下さい」


 ん? どういうことだ? なぜ父や母は別なんだ? 入学式には両親も参加するはずだが?


「これから入学式のはずですが、息子だけどうして?」


 父の言葉に、微笑みで返す門番の騎士殿。


「大丈夫ですよ。息子さんに何か問題があるわけではありません……。ただ……」


 騎士殿の目線が俺の左を行く。シャルカだ。


 そういうことか……性者関連だ。



「……そういうことでしたらわかりました。……ではお父様行ってきます。……しばらく会えなくなりますが、お元気で……」


「あ、あぁ」


 父は言葉を詰まらせ、地面を見つめている。


「イシュタル元気にするのよ」


 母は目に浮かぶ涙をハンカチで拭っている。


「話が早くて助かります。ではこちらへ、イシュタル様と、その眷属様」


 やはりシャルカも一緒に、か。


「はい、では」


 _____________

 _________

 ______

 ___


 スタスタスタ。


 歩いていると父の声がふと耳に入る。


「……お〜い。……イシュタル〜。元気にやるんだぞ〜。健康には気をつけるんだぞ〜。……それにそれに〜勉強も頑張るんだぞー。あ、いや、頑張りすぎるなよ〜それから…………」


 ふふっ。


 可愛いところがあるじゃないか。子供想いの良い親だな。


「ありがと〜お父さ〜ん」


 後ろを向き、手を振る。父は不器用ながらも優しい親だ。

 尊敬できる父上から元気をもらったところで、さて行きますか!



 ◆


 俺は今、学院長室の前に立っている。本当なら今頃は、入学式に参加しているはずだったのに……。だが、今さら後悔しても仕方がない。


 コンコンコンッ。


「学院長! イシュタル・トーマス様がおいでになりました」


「……お入りなさい」


「はっ」


 騎士殿が丁寧に扉を開け、部屋に入るのをうながしてくれる。


 その扉の向こう側には、美貌の人がにこやかに座っていた。


「こんにちは、イシュタル・トーマスさん」


 声はとても気高く、美を体現しているかのようだ。


 ちょっと緊張しちゃうな。


「こ、こんにちは……」


「まあ、そんなに緊張なさらないで。ほら、そこのソファにお座りになって」


 そう手をソファの方に伸ばす、彼女は腕も綺麗だ。


 そそくさとソファに座る。…………ってあれ?


「シャルカも座りなよ」


 シャルカはソファの横に立っていたが、俺がそう言うと渋々といった感じでソファに座ってくれた。……俺から距離を置いて。


「あらあら、仲がよろしいことで」


 どこがだ。


「どこがよ!」


 おっ、気の合うこって、でも何故だろう少々虚しいような……。


「そうやって、意地を張っているとこよ」


 と、ウインクしながら左手で宙にハートを描いている。この女性、ちょっとおばさん臭いな。綺麗なのに。


「チッ」


 シャルカは舌打ちをしながら彼女を、……あれそういえば目の前にいるこの方はなんて名前なのだろう。


「あのぉ、それであなたのお名前は……?」


 あっ、と気の抜けた表情をする彼女、そんな顔までも美しい。


「私としたことが……。紹介が遅れました。……私は貴族学院もとい、貴族ヴェルノール学院、学院長、ヨルムン・ナシュアです」


「教えてくださりありがとうございます」


 ナシュア家の人か、有名な一族だ。代々、優秀な魔法使いを輩出しているとか。まぁ詳しくは知らないが。


「じゃあ本題に入るわね」


 緩んだにこやかな顔を引き締ませ、真っ直ぐな眼差しをこちらに向けながら、彼女は話を続ける。


「まず、入学式があるにもかかわらずここに呼んだこと、……まあ予想はついてると思うけど、性者についての話です」


「はい」


「単刀直入に言うと、あなたの眷属である……そのシャルカさん? にも貴族ヴェルノール学院に入学してもらいます」


「は? どういうこと! なんでこのワ・タ・シが! 人間なんかの、しかも貴族なんかの学校に通わなくちゃいけないのよ! 百歩譲ってこいつの眷属であることはしょうがないにしても、こいつとずっと一緒なのはまっぴらよ!!!」


 おぉ、散々な言われよう。人生二周目でも、可愛い女の子にそんなこと言われたら流石にお兄ちゃん、泣いちゃうよ?


「じゃあ、どうするんですかあなたは、魔族が治める地、魔帯にでも帰るおつもりなの? そもそも隷属紋がある状態でどうするっていうのですか?」


 ナシュアさんからド正論を食らい半べそをかいている、うちの眷属、シャルカさん。うーーん、泣き姿もカワウィイィ、ね。

 こんなに可愛いから、手が勝手に伸びていっちゃうじゃないのよぉ。頭撫でちゃうよぉおおおぉん。


「シャルカ、ごめんなさい。急に魔帯から人間の国に召喚されたのはあなたです。あなたは被害者だ。あなたが望むなら僕は隷属の契約を破りましょう」


 くぅ、決まったぁ。見てくれこの紳士ぶり、さすが人生二周目。ラブコメばっか読んでたかいがあったってもんよぉ。


「それはできないと思うわよ」


 えっ。


 ナシュアさんは満面の笑みでそう告げた。


「ナシュアさん、それはどういう?」


「フフッ、本当に性者について詳しくないようね。…………性者とその眷属は固く結ばれている。二人がほどける事はない……勇性伝説についての文献には、こういう記述があるの」


「そうなんですね」


 だが前に性者が現れたのは500年以上も前だ。確かな情報はわからない。参考程度に聞いておこう。


「ところで、なぜシャルカも入学しなければいけないのです? 眷属として私と共に学院生活を送ることはできないのでしょうか」


「……端的に言えば、有効活用したいのよ。魔人という大きな戦力をあなた一人に託すよりも、学院という大きな機関に属していて欲しいの。何かシャルカさんに一大事が起きた時、そっちの方が学院側としても対処しやすいから」


 シャルカのことをしっかりと考えた上でのことなのか……。それなら俺から言うことは、何もないな。


 どうやらシャルカの涙も乾いたようだ。


「じゃあシャルカ、そういうことで……いい……か?」


 コクリッ、と彼女も小さくだが頷いてくれた。


「では、そういうことで話は終わりでしょうか……?」


 思い出したように人差し指をたてるナシュアさん。この期に及んで、まだ何かあるというのだろうか。


「そおそお、あなたたち、住む部屋は同室ですからね」


 え、同室? エ、部屋の中で二人きり? ナニモ起きないわけもなく……?


「それは……どうして?」


「それはですね、サキュバスであるシャルカさんが部屋に男を連れ込まないように。風紀を守るためです!」


 ソユコトネー。




 ◆


「バナク様、数日前に足取りを見失って以降、シャルカ様の行方がわかりません」


「そうか……まぁ家出の多い子だ。じきに帰ってくるであろう。だが捜索は怠るな! わしのシャルカたんに何かあったら、許さないもんねっ!!!!」

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