第二話 サキュバスと壁ドン

 魔力検査が終わり屋敷に帰ってきたのはいいものの。魔力検査の会場に連れ立っていた、父の表情がかんばしくない。


 それもそうだろう。シャルカの説明をほとんどしてないからな。仲間であってこちらに危害を加えるつもりが無いことは伝えたが、当の本人であるシャルカの表情がムスッとしていることも影響していそうだ。


「と、ところで息子よ。そろそろ、説明してくれないか。横にいるサキュバスについて」


「はいぃ」


 父の顔はとてつもなくひきつっている。さて、どう説明したものか。


「先刻述べたように、彼女、いえシャルカはサキュバスであり私の眷属です」


「……どうして魔物ではなく……魔人を眷属にしたんだ? それに、魔力検査でなぜ召喚の儀が?」


 父はこの手の話になると、どんどんどんどん話を掘り下げる。

 父は元々、冒険者になるのが夢で魔族の話になると興味が尽きない。故に説明するのがめんどくさいのだ。


「えー実は、私、性者という人物にあたるらしくて……」


「せいじゃっ……だって……」


 言葉を詰まらせる父と、俺は顔を見合わせる。


「性者を知っているんですか?!」


 驚いた。性者とはそれほど有名な存在なのか。齢12歳の俺はそのことを知らなかった。

 年齢的には知っていても良い気がするが。


「あぁ、一部の冒険者や魔法に携わる者たちの間では、勇性伝説は知られているよ」


 勇性伝説? なんだそれは?


「お父様、なんなのでしょうか、その伝説とやらは?」


 俺の言葉に、父は何か気付かされたような顔をしている。


「そうか、イシュタルはまだ12歳だったか、知らなくて当然だな」


 一呼吸おくと、父はコホンッと説明に入る。


「いいかい、イシュタル。勇性伝説とは神星しんせい暦以前の話なんだ」


 神星暦以前!? てことは500年以上前の話なのか。


「勇者と性者は交じわりて、光と淫らに絡み合う。勇と性が宿りし神子みこは、やがて世界を変えるだろう」


「それが、勇性伝説……ですか?」


「その通り、これが伝説の冒頭だ」


 冒頭、ということは……。


「ということは、続きもあるのでしょうか?」


 父はゆっくりと頷く。


「もちろん続きはある。だけどこれ以上は長いから、要約して話そうか。……まず性者は勇者の相棒みたいなものだ。……そして性者はサキュバスを眷属として従え、戦うんだ」


 話の大筋はわかった気がするが、疑問が二つ残る。


「父上、ですがなぜサキュバスが召喚の儀をせずに現れたのでしょうか。それにそれに、淫魔法とはどのような魔法なのでしょうか?」


 俺が疑問を投げかけると父は困ったような顔をする。そして彼は申し訳なさそうに答えてくれた。


「すまないイシュタル……お父さん、勇性伝説については聞きかじった程度で、そこまで詳しくはないんだ。……だが、淫魔法についてはわかるぞ」


「続けてください」


 父が驚いたように目を見開き、こちらを凝視する。

 どうしたのだろう……少し言い方がそっけなかったか。


「あ、あぁ、それで淫魔法についてだが…………淫魔法は性欲を魔力に変換し、全ての四大魔法を行使する、というもの……らしい」


 四大魔法すべて、だと……。す、すげえぇ……。




「……ところでイシュタル、今日はもう疲れただろう。それに明後日からは貴族学院が始まる。明日の早朝には、この屋敷を出るんだから今日はもう部屋で休んでいなさい」


「はい……」



 ◆


 ガチャンッ


 やっと自分の部屋に帰ってきた。


 ふうっ。


 今日は本当に疲れた。色々なことがあった。


 俺はこれからどうなっちゃうのだろうか。


「ちょっと、なに一息ついてんのよ!」


 そういえばこいつが居たな。


「なんですか? 今日は僕、疲れちゃったんですよ。何かあるなら明日以降にしてもらえます?」


 気だるく、そう答えながら、俺はシャルカの方へ体を向ける。


「アンタねぇ……、こっちが下手に出て静かにしてたら調子に乗りやがって」


 あっれれ〜おっかしいぞー。サキュバスさんが怒って、る?


 彼女は無言のままこちらへ一歩、また一歩と両腕を組みながら近づいてくる。


「ど、どうされたんですかっ、シャルカ様っ?」


 彼女の歩みに合わせ、俺は一歩、また一歩と後退りをする。


 ガタッ


 壁に肘が当たる。まずい端に追い込まれた……。


「シャルカさん……穏便に行きましょぉ……ね?」


 やばい、シャルカさん表情筋がぴくりとも動いていない。

 やられるっ。そう思った時だった。


 ドンッ!!


 壁に衝撃走る!! 

 まさかの壁ドン!? え、俺どうなっちゃうのぉ!?


「あんたねぇ、この私が静かに、興味もない人間の話を聞いてあげてたんだからねぇ。何か褒美でもなんでもくれたっていいじゃないのよ!!!」


 シャルカさん、激おこぷんぷん丸でいらっしゃる。


 ご褒美と聞いて、頭によぎるのはかつての母。母に頭を撫でられている、そんな風景。


 自然と手が伸びていた。


「偉いね。シャルカ」


 そう言いながら彼女の頭を撫でると、シャルカはまた少し頬を紅で染める。


 お、うまくいったか、そう内心ほっとしていた矢先。


「舐めてんじゃぁあ、ないわよおおおおおおおおおーーーー!!!!!!!!!」




 この後、なんやかんやありましてぇ。





 この日、俺は床で寝させられました。そしてシャルカはベッドで。


 俺が主のはずなのにぃいい!!!!!(泣)。

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