第2話 季節外れの人事異動

 特別能力捜査官、通称・『白波』は、簡単に説明すると超能力者と言われる人間たちの警察内部組織だ。オレも詳しくはわかっていないが、白波は五つのチームに分かれている。 

南郷なんごう』は移動能力をメインとしている。つまり、物体移動やテレポーテーションだ。このチームに所属している人は、白バイ隊や機動隊なんかに多くいるらしい。『忠信ただのぶ』は心霊関係。死んだ人の魂を呼び出して遺体を見つけたり、身元を判別したりする。『弁天』は変身能力だ。このチームは少し特殊で、変装……というか、『本当に変身』して、諜報活動を行っているという噂である。

オレが所属している『赤星あかぼし』は、動物の声を聴いたり、自然物から色々な情報を得るチーム。オレよりも力があるやつは人の心が読めるとも聞く。さいごに『玉島たましま』だが、このチームについてはオレも何も知らない。オレは白波に所属してからまだ一年。やすやすと教えてもらえない類のものなのかもしれない。こういう『教えてもらえないこと』は警察にいると数多くあったりするから厄介だ。

オレが警察官になったのは、動物と会話できるという能力を買われてのことだった。この能力が目覚めたのは、高校一年のとき。それ以前は普通の高校生だった。人と違うことを強いて言うならば、少しだけ足が速かった。陸上部だったからかもしれないが、本当にそれだけ。

動物の声が聞こえるようになった当初は、当然ながらパニックになった。だって、普通じゃないだろう。犬や猫、鳥や魚がオレに話しかけてくる。ぞっとした。空耳だと思って、ノイローゼにもなった。おかげで引きこもっていたところで、偶然にも白波にスカウトされたのだ。

だから実年齢は十八歳。便宜上二十歳ということにしているが、知っている人間は白波所属の人間くらいだろう。本当はつみきちゃんのいっこ上で、細井ちゃんのほうが年上だったりする。

「先輩、書けたんですか? 始末書」

「まだ~。まさか、また遅刻するなんて思わなかったから」

「交番に行く前に終わらせとけよ?」

「ぶっ」

 高須警部が力強く肩を叩くと、パソコン画面に突っ込みそうになった。でもありがたいことだ。本当なら警部も監督不行き届きで、上長から文句を言われているはずなのに。……少し気を引き締めないとな。

「朝礼!」

 東雲署の交通課課長が声を上げると、一斉に立ち上がり敬礼をする。オレも一旦手を休め、同じようにした。

 手を下ろすと、肩までのボブカットの女性が課長の隣に立つ。

「今日からこちらに入署する、仲村麻耶巡査部長だ。高須警部」

「はい」

「彼女はそちらの交番に勤務してもらうことになる。指導、よろしく頼むぞ」

 仲村さんか。二十代前半……くらいかな。巡査部長だから、もしノンキャリだったらかなり早い昇格だ。やり手なのかも。

 まじまじと見ていると、仲村さんににらまれた。……怖い。巡査であるオレよりも立場は上だから、先輩にも当たるわけだし、うまく付き合っていかないといけないのに、びびってたらダメだよな。

 朝礼が終わると、オレと細井ちゃんは仲村さんに近づいた。

「仲村巡査部長、オレ、北川旭です。これからよろしくお願いします!」

「私は細井路子です。東雲西交番で一番下っ端なので、色々勉強させてください!」

「…………」

 仲村さんはオレたちにじろりと視線を送ると、冷たく言った。

「北川巡査、勤務中は『オレ』ではなく『私』というように。世間一般の常識よ。そして細井巡査」

「は、はいっ!」

「警察は確かに上下関係に厳しい組織だけど、組織に入ってから勉強するのは遅すぎるわ。警察学校で何を習ってきたの?」

「え、えっと……」

「それに、その腕時計」

「これ、ですか?」

 細井ちゃんは自分のつけている腕時計を見る。黒い皮ベルトのものだけど、何か問題でもあるのか? 仲村さんはキツく細井ちゃんを叱った。

「有名なブランドものね。特に規定はないけど、警察官がつける時計はなるべく値段がすぐにわからないものがいいわ。市民の税金から給料をもらっていること。常に頭に入れておきなさい」

 それだけいうと、『よろしく』とも返さずに高須警部のところへ行ってしまった。

「なんですか、アレ。感じ悪~い」

 細井ちゃんは当然の如くオレに文句をこぼす。仲村さんの言っていることは正論なんだけど、言い方ってものがあるよな。

「あんな人と一緒で、これからうまくやっていけるんでしょうか?」

 ムッとしている細井ちゃんに、オレは笑って見せる。

「ま、一緒にいたらどこかしら不満は出てくると思うよ。オレも今の態度はちょっとどうかと思ったし。でも、うまくやっていけるようにお互い努力しようぜ!」

 グチグチ言っても仕方ない。彼女がこれから一緒に働く仲間だってことは変わらないんだ。だったら少しでも前向きでありたい。不満ばっかり言ってたら、自分もネガティブになるし、気持ちが重くなる。それならできるだけ明るくいたい。それがオレの考えだ。

「先輩はそういうところ、ずるいですよねぇ」

「どういう意味? それ」

「はぁ~……庶民育ちの男性は、泥臭いって意味です! だけど、そういうところが庶民のいいところですよね」

 細井ちゃんはにっこりするが、今のって褒めてるの? けなしてるの? これだから金持ちはわからない。

「おーい、交番勤務の時間だぞ~」

 高須警部に呼ばれると、オレたち東雲西交番の面子はミニパトに乗り、向かった。


「では、車の中で言った通り、しばらくの間パトロールは、旭と仲村で回るように。仲村も早くパトロール範囲を覚えるように」

「地図があれば十分ですが」

「仲村!」

 ズバッと言った仲村さんに、高須警部が渋い顔をする。ピリッとした空気に変わり、一瞬仲村さんがうろたえた。

「お前の好きなスポーツは?」

「……武道以外ですと、野球……見る専門ですが」

「それならわかるよな。警察官に必要なモンが。警察学校で習うまでもないことだ」

「……チームワークです」

「理解できてるじゃないか。その通りだ。どんな理由があれど、お前は今日から東雲西交番のメンバーなんだから、仲間を大切にしろ」

「……わかりました」

「おうっ! それじゃあ、行って来い! 旭もな。あと、今晩は全員日勤だから、夜は歓迎会と行こう!」

「はぁ……」

 こっそりため息をつく仲村さん。高須警部は少しでも彼女に早く打ち解けてもらいたいと思ってるみたいだけど……彼女にも彼女のペースがあるのかもしれない。なるようになる。意外と、一緒にパトロールすることで、彼女のいい面も見つかるかもしれないし。

「行きましょう、仲村さん」

 交番の横にある自転車二台を仲村さんに見せると、目を見開いた。

「北川巡査」

「早く行かないと、時間食っちゃいますよ? これからの時間、産業道路のほうで信号無視が多くて……」

「いえ、そうではなくて、スクーター、若しくはミニパトは使わないの?」

「まさか、自転車に乗れないとか?」

「違います。効率が悪いかと」

 仲村さん、今まで交通課じゃなかったのかな。オレは一から説明する。

「うちの交番の管轄は、一方通行や行き止まりが多かったりするので、自転車のほうが便利なんですよ。使い分けするのは、自転車なら車じゃいけないところまで行けるからです」

「……わかりました。では行きましょう」

 お礼はなし、かぁ。できるだけポジティブに! って思ったけど、さすがに心が折れそうだ。こういうタイプの女性って、今までオレの周りにいなかったからなぁ。おばちゃんは、もう親切心の塊みたいな人だし、つみきちゃんも素直で元気がいい。自分からおしゃべりしてくるタイプ。細井ちゃんはお嬢様だけど、自他ともに認めているナチュラル金持ちバカってところは、からかいやすいし、本人もわかりやすい性格をしている。でも仲村さんは、顔はきれいに整っているのに、感情がまったく見えない。こういうのをクールビューティーっていうのかもしれないが、正直何を考えているのかわからない。

 もう少し、会話をすれば距離を縮められるのかな。このままだと息苦しくてしょうがない。

自転車で先導しながら、パトロールする。朝の産業道路は、珍しくゆったりと流れていた。無茶な運転手がいない限り、大丈夫そうだ。

仲村さんはオレの説明したことを細かにメモしていく。結構真面目なんだな。年下で、階級も下のオレなんかの話もしっかり聞いてくれるところは、いい上司で先輩なのかもしれない。いいところ、ひとつ発見だ。

「あら、おまわりさんじゃない」

「ミケさん! こんにちは!」

 坂道の下で、偶然この間の事案で協力してくれたミケさんに会うと、オレは挨拶する。

「それで……坂本さんはその後、どうですか?」

「悪いやつらが逮捕されたって聞いて、安心してるわ。石も返ってきたみたいだし。あなたにはお礼を言っておくわ。ありがと」

「いえ、オレは自分の仕事をしただけですから!」

「……北川巡査、大丈夫?」

「え? あっ!」

 そうだった。仲村さんにはミケさんの声が聞こえないんだった。これじゃ、やっぱりただの危ない人物……。せめて自分が白浪所属で、一応特殊能力捜査官だってことを言えたらいいのに。規定では、白浪所属警察官は、特段の理由がない限り、自分の能力を口外できないんだよな。

「い、今のはご近所の猫で、何回かなでたことがあったから……」

「あなたが動物好きなことは、よくわかったわ。でも、本当に声をかけるべきなのは、向こうじゃない?」

 仲村さんが指さした方向には、小学校がある。まだ夏休みだが、子どもたちが校門の前の道路でサッカーをしていた。

「あの子たち、危ないな」

「……私が行ってくる」

「えぇっ! 仲村さんがですか?」

 オレが行ったほうがよかったと思うんだけど……仲村さんも若いとはいえ、オレのほうが子どもたちと年齢は近いし、今のままの仏頂面で行ったら子どもたちも委縮しちゃうんじゃないか?

 不安に思ったが、それは意外にも杞憂だった。

「みんな、サッカーで遊ぶのはいいけど、ここは車も通る危ない道路よ? 他のところで遊んでくれるかな? 学校の校庭は?」

「今日は少年野球の試合があるから、ダメなんだよ」

「なるほどね。じゃ、ちょっと待ってくれる?」

 仲村さんは先ほど持っていた地図を広げる。何かを見つけると、オレにたずねた。

「この『ぞうさん公園』は球技禁止?」

「いえ、大丈夫なところですよ」

「そう」

 また地図をたたむと、仲村さんは腰をかがめて男の子たちに言った。

「みんな、ぞうさん公園は知ってる? ここからわりと近いところの。そこならサッカーしてもOKだから、できたら移動してくれるとお姉さんも安心なんだけどな?」

「あ、そっか! おい、ぞうさん公園に移動しようぜ。車がきたらいちいち中断するのも嫌だったし。お姉さん、ありがとう!」

「気をつけてね! ……交通課の仕事は、こんな感じで問題ないかしら?」

「うぇっ? あ、はい。完璧です」

 笑顔だと別人だな、仲村さん。きれいで優しいお姉さんって感じで……。ツンツンしないで、いつもこうだと早く打ち解けられるのに。もったいないなぁ。思わずオレは仲村さんの顔をまじまじと見てしまった。すると仲村さんはムッとした顔で、さっさと自転車に乗る。

「まだ回るところはあるんでしょう? 案内してちょうだい」

「は~い」

 なんだ、いいところ結構あるじゃないか。そう思ったオレは、自分でも単純だなぁと苦笑してしまった。


 オレが次に案内したのは、黒部さんのところだ。あの方はなかなか気難しいからな。きっと新人が入ったときに挨拶に連れて行かないと、あとで文句を言うだろう。

「ここは?」

「黒部さんという方のお宅です。街のボス的な存在で……」

「ああ、おまわりさん! ちょうどいいところに!」

 オレに駆け寄ってきたのは、犬の黒部さんではなく、人間の黒部さんのほうだった。

「どうかされましたか?」

「その……警察にこういうことを言うのはどうかと思うんだが……」

「市民の声を聞くのが、私たちの役目ですよ。おっしゃってください」

 仲村さんが言うと、黒部さんは唇を震わせながらつぶやいた。

「うちの……うちのボスがいなくなったんだよ」

「え? 黒部……ボスくんがですか?」

「昨日の夜、散歩に連れて行こうとしたら、綱が外されていてね。帰ってこないんだ」

 おかしい。オレはあごに手を当てた。黒部さんの性格的に、勝手に家をはなれるなんてことはないだろうし、もし街の様子が気になったとしても、自分から動いたりもしない。この街に住む犬たちのネットワークも猫に負けを取らない。散歩途中に情報交換をしているからだ。黒部さんの元に届く情報は、整理されたもの…‥。

「そのうち帰ってくるとは思うが、おまわりさんも見つけたら……」

「もちろんです! ボスくんを見つけ次第、ご連絡しますよ」

「ああ、ありがとう」

 人間の黒部さんは、そのまま『迷い犬』のチラシを持って出て行った。

「黒部さんが、家出なんて……」

「北川巡査、あなた……」

「なんでしょう?」

「……なんでもないわ」

 何を言おうとしたんだろう。仲村さんは顔を上げると、生け垣のむくげの花に触れていた。


「それでは、仲村くんを歓迎して! 乾杯!」

 カチンとジョッキやグラスをぶつける。

 仲村さんの歓迎会は、東雲署から一番近い駅前の居酒屋で行われた。といっても、メンバーは高須警部と細井ちゃん、オレと主役の仲村さんだけなんだけどな。

 高須警部と仲村さんは生ビール中ジョッキ。細井ちゃんはモヒート。オレはまだ未成年なので、ウーロン茶だ。

「あれ、先輩飲まないんですか?」

「オレ、酒ダメなんだ」

「え~、意外! つまんないの~」

「おいおい、細井。アルハラはやめろよ?」

 オレたち三人は、いつも通りのテンションだ。だが、やっぱり仲村さんはつまらなさそうにしている。黙って飲んでいるので、空になったジョッキだけが増えていく。

 彼女の歓迎会なのにな……。オレたちだけが楽しんでいても意味がない。それに、オレは気になることがあった。黒部さんのことだ。事故とかに遭ってないといいけど……。あとはまた、猫たちからも情報を集めてみよう。

「あの、私帰ります」

「え?」

 立ち上がったのは仲村さんだった。お、おいおい、本日の主役が開始三十分でまさかの離脱? さすがにそれはない。会を開いてくれた高須警部の面目も丸潰れだ。

 それに怒ったのが細井ちゃんだった。

「ちょっと、仲村さんっ! さすがにそれはひどいですよ! ここの組織でわがままなんて、許されませんよ? 私だって、リムジンでの送迎はダメだって言われてるし!」

「……わがまま……そうですね。わかっています。ですが、私は歓迎されるような人間じゃない」

 ぼそっと悲し気につぶやいた言葉に首を振ったのがオレだった。

「仲村さん、なんでそんなこと言うんですか? 今日一緒にパトロールしましたけど、すごく頑張ってたじゃないですか。そんな人を歓迎しないだなんて!」

「旭、続けろ」

 ビールをごくりと飲んだ高須警部の顔を見ると、オレをまっすぐに見つめている。

「仲村さんは、一生懸命オレの説明したことをメモしていて、この仕事をモノにしょうと努力していました。それにオレがうっかりしていて子どもに注意しなかったときも、きちんと指導してくれて……。しかも子どもたちに安全な遊び場も案内していたんです。こんなにやる気がある人、仲間として誇らしいですよ!」

「よく言った! そういうことだ、仲村。座れ」

「…………」

 仲村さんはオレの隣に座り直した。高須警部の『座れ』というひとことも、少し語気が荒かったからかもしれないが、せっかくの歓迎会だ。できることなら仲間としての結束を深めたい。それも迷惑な話なのだろうか?

「……では、もう少し飲ませていただきます」

 仲村さんが歓迎会から立ち去ろうとした原因。それは三十分後、身に染みてわかった。


「生中三杯に日本酒冷で、あと焼酎ロック。銘柄は……」

「ええっ! ま、まだ飲むの……仲村さん……」

 顔を真っ赤にしながら、がくりとテーブルに突っ伏したのは、細井ちゃんだった。彼女もそこそこ飲んでいたが、最初のモヒートと赤ワイングラスで二杯、あとはカルアミルク。仲村さんに付き合ってガバガバやっていた高須警部は、なんとか意識を保っているものの、すでに生ビール十五杯は開けていた。その上を行っているのが仲村さんだ。

「な、仲村……女で酒豪は嫁にいけなくなるぞ……」

「高須け……いえ、高須さん。それは、セクハラに値するのでしょうか」

「そういうわけじゃないが……うっ」

 高須警部はダッシュでトイレに向かう。それと入れ替わりにまた新たな酒が到着し、仲村さんはガブガブと無表情で飲んでいく。これ、何杯目だ? っていうか、ちゃんぽんしてもまったく酔っているのかどうかすらわからないって……。

「北川くんは飲めないのよね。だったらもっと食べたら? 食事がもったいないわ」

「いただいてます。あの、仲村さん。帰り平気ですか?」

「問題ないわ。私よりも細井さんと高須さんを心配したほうがいいと思うんだけど」

 ま、細井ちゃんは呼べばお迎えが来るからいいとして……高須警部は一応、駅まで送ろう。電車で寝過ごさないように、途中で電話もかけてやれば大丈夫だろう。

 しかし……一次会、二時間飲み放題でここまで飲むとはな。歓迎会自体はよくても、きっと今まで誰も仲村さんについてこれなかったのかもな。だから嫌がったのか。だとしたらやっぱり仲村さんは不器用な人間だ。最初から飲み過ぎないようにセーブするとか、方法はあったはずなのに。

「……北川くん、何か言いたそうね」

「あのぉ……飲み過ぎじゃないですか?」

 へらっと笑いながら言うと、手にしていたジョッキをドンッ! と思い切りテーブルに叩きつけた。目も座っている。あまりの剣幕に、オレは青ざめた。

「い、いや、冗談ですよ! 冗談!」

「歓迎会、というなら、私が飲まなくて誰が飲むんですか? ……見えないとは思いますが、これでも気を遣ってるんです。面白い話なんてできないし、何をすればいいかもわからないし……大体まだ会って一日目の人たちと飲むなんて、緊張しちゃって。だから飲みの席は苦手なんです」

 緊張した結果、酒に走ったのか。歓迎会から逃げようとしたのも納得だ。お酒の飲み方はかわいくないが、意外と内気なタイプなのかな。だったらこちらから話を振れば、色々話してくれるのかも。なんとなく仲村さんという人が見えてきた。

「じゃ、オレから質問してもいいですか? 緊張するなら、短答式でいいですから」

「……ええ」

 相変わらず無表情だけど、仲村さんはうなずいた。朝、気になったことがいくつかある。仲村さんの前の所属だ。自転車でパトロールすると言ったとき驚いていた。他の課にいたとしたなら、なんで今人事異動なんて……?

「ここに来る前の部署はどこだったんです?」

「……捜査一課よ」

「え? 捜査一課……ですか? それがなんで今、交通課に?」

「色々あって、降格処分になったの。元の階級は警部補。しかもキャリア組だったのに」

 キャリア組で降格? 警察官に関わる大きな事件があっただろうか。少なくてもオレは話にも噂にも聞いたことがない。そもそもこんな真面目そうな人が、規則違反などを犯すだろうか。そうも見えないし、頭を抱える。

「北川くんはラッキーよ。警察官になってから得る力が、どれだけ自分の足かせになるか知ることはないのだから」

「それってどういう意味……」

「ラストオーダーの時間になります!」

 襖ががらりと開き、店員が顔を見せる。トイレにいた高須警部も帰ってくる。

「話はここで終わりね」

 そう言うと、自分のバッグから財布を取り出す仲村さん。本当に彼女は一体何者なんだ? 質問したはずなのに、余計に謎が深まっただけだった。


 細井ちゃんに迎えを呼び、高須警部と仲村さんを駅まで送ると、オレは猫缶を買っていつもの路地裏へと向かった。黒部さんの目撃情報、誰か持っているといいんだけど……。

 コンビニ袋の音をわざとガサガサさせる。だが、今日は誰の声も聞こえない。変だ。

 辺りを見回してみるが、猫たちの姿がない。一匹もだ。スマホを確認するが、明日の天気は晴れ。暑いことは変わらないが、どこかに避難しているわけでもなさそうだ。

 他の集会場も回ってみたが、やっぱり猫の姿は見つからなかった。

「……何が起こってるんだ?」

 黒部さんの失踪、消えた猫たち。行政の手が入ったとか? いや、その可能性は薄いはずだ。赤星に在籍する動物の声が聞こえる捜査官には、特別に情報が来ることになっている。だから、前もって猫たちを避難させたり、里親を見つけるようにしている。それに黒部さんに関しては飼い犬。もしかして誘拐? でも、何のために? 誘拐だったら飼い主の黒部さんに連絡がくるだろう。身代金だ。それ以外が目的なのか? 最近は犬嫌いの人間が、飼い犬をさらう事件もある。だが、これもやっぱり違う。犬は犬嫌いの人間を嗅ぎ分けることができる。怪しい人物がいたのなら、黒部さんからオレに何か言ってきたはずだ。地域の平和を守るのが、警察官の職務だから。

 コツ、と靴音がした。振り向くと人影が走り去っていく。つけられてた? 一体誰に……。ただあの靴音はヒールの音。相手は多分、女性だ――。

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