等活地獄 1
地獄。
その定義は様々だが、概ね「死した者達がその後に行き着く場所」だという共通認識を、現世に生きる者ならば持ち合わせていることだろう。
考えてみれば、おかしな話だ。地獄なんて誰も行ったことが無いのに、誰しもがそれをそういうものだと、まるで見てきたように語っている。
現世が生者の世界ならば、地獄とは死後の世界。それが在るかどうかなんて死んでみなければ解らないし、解ったところで証明のしようがないというのに。
しかしこの場合、実在の有無は問題ではない。地獄という存在しないはずの物語を、証明しようがない空想を、我々は確かに認識している。その事実が重要なのだ。
無いはずのものを有ったことに出来るのは人間だけであり、それこそが『都市伝説』と呼ばれる概念の本質であるとも言えるだろう。
さて。この物語においても例に洩れず、地獄とは死者の世界であるという共通認識を誰しもが持ち合わせている。
ただしこの物語における地獄とは、
つまり
既に終わった者達に、二度と終わりは訪れない。此処はそんな既に終わってしまった、もう二度と終わることの出来ない者達が、蒐集されるだけの箱庭。
そんな世界観に古今東西、時代も人種も国も文化も関係なく、全人類が一箇所に集められたらどうなるか――
「おどりゃクソガキィィィィィイイイイイイッ!! ブッ殺したラァァァァァアアアアアアアッ!!」
「ギャーギャーやかましいんじゃ山猿ゥ!! やれるもんならやってみいゴラァ!!」
――その結果が、ご覧の有様だった。
◆
此処では人類皆平等に『怪異』という名の異世界転生者。故に此処では誰もが誰かと衝突し、必然的に強者と弱者に分けられる。弱者は此処で篩い落とされ、終わることの出来ない世界で永遠に慰み者にされることを余儀なくされる。
でも、誰だってそうはなりたくない。だから群れる。そうはなりたくないから、いつだって虐げる側で居たいから、ヒトは群れて、群れて、群れて――
「敵は全員ブッ殺せ!! 味方も邪魔ならブッ殺せ!! どいつもこいつも八つ裂きにしろォ!!」
「大将首獲って成り上がりィィィィイイイイ!! 俺の出世の為に死に晒せゴミクズ共ォォォォオオオオオッ!!」
「テメエら全員今日の晩飯にしてやるぜェェェェエエエエッ!! これがワシの異世界メシじゃああああああああッ!!」
「アタシはこの地獄で百年以上を生きたエルフゥゥゥゥウウウウッ!! かかってこいやァァァァアアアアアアッ!!」
「大日本帝国は敗けてないッ!! 敗けてなァァァァアアアアアアアアいッッッ!!!」
「喰らええええええええええええええ俺だけが使える最強のチート付与スキルうううううううううううううううううう!!!!」
――その結果。現在の等活地獄は、まるで戦乱の世を彷彿とさせるような有り様で。
皆等しく活き活きと、殺し合いの毎日を送っていた。
「
さて、等活地獄――その
「
迎え撃つは
瞬く間に炎の渦に飲まれた彼は、しかしその中で平然とするばかりか、自ら纏った火炎を思うがままに使役して、向かってくる刀輪処の精鋭達をその火炎で以て次々に焼き払っていく。
「ウォォォォオオオオオッ!! そりゃこっちの台詞じゃダラァッ!! 今度こそその首獲ったるァァァァアアアアアア!!」
明らかに人智を超えたその所業を目の当たりにして、しかし刀輪処の男共はなお怯むことなく、その身を焦がしながらも突貫する。
全身を焼き焦がす異能の火炎すらものともせず肉薄し、闇冥処の精鋭纏う黒いローブの者達を彼らもまた次々と袈裟斬りにしていった。
血で錆び付いた刀を構わず振り回し、力尽くで人体を真っ二つに両断する豪腕。それもまた、尋常ならざる所業である。
そしてそんな超常的な光景は、彼らにとっては日常茶飯事のことで。彼らが因縁を付け殺し合うようになったのも、もう
終わった者達が、終わった世界で、終わらない戦いを永遠に繰り返す。
それが今の地獄の有様で、ありふれた日常の光景である――
「おーおー。やってんねぇ、生ゴミ諸君」
――ちなみに。先に紹介した彼らのことをこの先、諸君が覚える必要はない。忘れてくれて構わない。
彼らはただ――
「あァ!? 誰だ……ッ!!」
生ゴミなどと大層失礼な呼び方をされてしまった男達、反射的に唸り声を上げながら、声のした方へ視線を向け――息を呑む。
そこには――役割を果たした産業廃棄物の数々が天高く積み上げられたゴミの山、その頂上から自分達を見下ろす――七人の少女の影。
そんな彼女達の姿を視認し、その正体を理解すると同時――どんな攻撃にも怯まず突貫してきた屈強な男達が、揃ってたじろいでいた。
七人の少女達の身なりに統一感は無く、皆思い思いのラフな格好をしている。しかし共通してその眼差しは、地獄に落ちて幾星霜、修羅場を潜り抜けてきた猛者のそれであった。
その眼で見下ろされれば最期。蛇に睨まれた蛙の如く、いかなる者も獲物へと成り下がる。それが等活地獄におけるある種の秩序として、彼女達はその役割を果たしている。
「『
そんな彼女達の先頭に立つのは、黒いホットパンツと黒いタンクトップの上から赤いスカジャン羽織った、赤い長髪の少女。
少女がただ一言、投げ掛けたその音は――未だ幼さ残るその顔付きからは想像も付かない程に、重く、冷たく、鋭く、聞く者の心臓に突き刺さる。
「しゃーねーっすよ、
「中央区にお住まいの善良な市民達から苦情が寄せられているんだ。
「さっさと片付けてさっさと帰ろうよー……あーあ、ったく……なんでウチらがこんなボランティアみてーな真似……」
「ゴミの分別もウチらの
「そうそう! ゴミはゴミ箱……あれ? 生ゴミって燃えるゴミでいいんだっけ? ねえ! 生ゴミって燃えるゴミだっけー!?」
「はいはい燃える燃える。
「……というわけで、悪いねお兄さん方。いい加減、五体満足で帰れるとは思わないことだ」
赤い少女の背後から、ぞろぞろと。首を鳴らし、指を鳴らし、獲物を前に舌なめずりをする少女達が湧いてくる。
どう見ても十代半ばかそこらの少女達が、自身より一回りも二回りも大きな男の群れに立ち向かわんとしているその光景は、まるで悪い冗談のようで。
そんなものが当たり前のように繰り広げられているその場所を、一言で表すのならば――やはり、地獄と呼ぶ他ないのだろう。
ああ、どうしようもなく。其処は地獄であった。
「……抜かしてんじゃねぇぞジャリ共がァ」
闘うまでもなく、その実力差は本人が一番よく解っていた。けれど彼も、この地獄の一員なれば。退かない。怯まない。狼狽えない。売られた喧嘩は買うしかない。そうやって生きてきた。今までも、きっとこれからも。彼らはそうしなければ生きられない動物なのだ。
「儂等の喧嘩に口ィ挟みよって……上等じゃクソ女ァ! まずはテメェ等から先にぶっ殺したらァアア!」
荒くれの総本山、刀輪処率いる若頭――月野刀夜は血錆の一振り、両手で構えて。自分より一回りも二回りも小さな少女達を睨み付ける。
「『
そんな好敵手の雄叫びに闇冥処の火口岳も続くように、舌打ちひとつ。
「…………行くぞ、オマエら」
地獄において、暴力以上の最適解など存在し得ない。だから奪い合う。殺し合う。それしかない。
拳、固く結んで。赤髪の少女は静かに唸る。直後に轟く獣の遠吠えが如き怒号の嵐を皮切りに、がらくたの山から駆け降りる少女達。
その場に居た誰もがこうなることを容易に想像出来ていた。そしてこの後の展開も、やはり予想の範疇を出ることはなかった。
この地獄に秩序と呼ばれるものがあるとするならば、それは彼女達を指した言葉である。
彼女達は『
今日も彼女達は戦う。この終わらない地獄で、自分達の生存を最優先に――より善い暮らしを求めて。奪い合い、殺し合う。
この光景こそが、地獄に堕ちて『不死』となった者達の、二百年続いた地獄の日常であり――
それが終わりを迎える、今から一ヶ月前の
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