第3話 二人で一生独身でいよう?!
激しい試合が進行し、スコアは接戦のままだったが、金融学部のチームはその高さを活かして、最終的に勝利を収めた。試合終了のホイッスルが鳴ると、遥は少し息を切らせながらベンチに座り、腕に巻いていたリストバンドで額の汗を拭っていた。
彼の白い肌は、汗に濡れても汚れた感じはせず、むしろ一層不思議な美しさを帯びていた。
周りは勝利の歓声と賑やかな話し声で満ち、遥はふと喉の渇きを感じた。以前なら、理人の水を遠慮せずに飲んでいたはずなのに、今はそれを避けるようになっていた。片思いを始めてから、どんな些細な行動にも自分で制限をかけるようになった。
その時、誰かが水を遥に差し出した。遥がその手を辿ると、目の前に現れたのは黒髪の女の子で、少し落ち着かないような表情を浮かべながらも、恥ずかしそうに微笑んでいた。
「どうぞ。」
遥は周囲を見て。周りにいる人は興味津々にこっちの状況を覗いている。女の子は少し不安そうな様子で、明らかにこういったことには慣れていないようだった。
「ありがとう。」
遥はその水を受け取った。
「どういたしまして。」
女の子は笑顔で答えた。
「覚えてるでしょうか?前に図書館の近くで、困っていたところをあなたに助けてもらったこと。」
「ついでなので、気にしないでください。」
遥は喉の渇きに耐えつつも、先もらった水を飲まなかった。
「その……お礼を言いたくて。今晩、もし時間がありましたら……」
女の子は言い続けようとしたけど、その瞬間、遥の隣に新しく開けたばかりのスポーツドリンクが置かれた。
次の瞬間、肩に重さを感じた。大きな手が遥の肩に乗り、その手の主が遥の隣に座り込む。
「好きだろ、この味。ちゃんと買ってきたぞ、兄弟。」
遥は理人に口を挟む気力もなく、ただ死ぬほど喉が渇いていたため、理人から渡されたドリンクを手に取ろうとした。だが、飲む前にふと考えがよぎる。
この水は明らかに理人が飲んだ後のもの。今、これを飲んだら、まるで理人と間接キスをしているようなものじゃない?自分が飲んでいるときに表情が崩れたら、変態だと思われるかもしれない……
その考えに一瞬動揺したけど、すぐに理人の手が遥の首に回され、引き寄せられた。
「俺の唾液が嫌い?」
理人は低い声で言った。
「忘れたか?お前が何回も俺のものを飲んだこと。」
理人の声は低く、でもその音は周囲に明確に届いた。女の子は呆然とした表情で遥を見て、次に理人を見て、突然何かを悟ったような顔をした。
「す、すみません!お幸せに!」
女の子は慌ててその場を離れ、理人はその背中を見送りながら、ようやく満足そうに口元を緩めた。
「また誤解されるんだよ、ゲイだって。」
遥はは深いため息をついて、呆れたように言った
「誤解されても構わないさ、別に本当にゲイになったわけじゃないし。」
理人は遥の半分飲み干した水を見ながら、満足げに言った。
**********
バスケコートはシェアハウスから少し遠かった。歩くのが面倒だった遥と理人は、唯一の自転車を乗ることにした。
帰り道、遥は前に座っている理人の腰に腕を回し、欠伸をひとつ。理人は珍しく静かにしていて、二人はしばらく無言で自転車を漕いでいた。通り過ぎる街並みがゆっくりと流れ、あたりは徐々に静かになっていった。ようやく人通りの少ない裏道に差し掛かると、理人が話し始めた。
「浅見君、今白状すればまだ弁解の余地がある。 もしここで話さなければ、後で容赦しないぞ。」
「何を話せばいいんだ?」
遥は目を伏せたまま、淡々と答えた。
「その女の子とどうやって知り合ったんだ? もしかして、俺に内緒で恋愛してるわけではないよな?」
理人は少し皮肉を込めて言った。
「してない。」
遥はきっぱり答えた。
「前に一度、あんたが授業に行ってる時に図書館で本を借りに行った。その時、あの子が他校の人に絡まれてて、ちょうど通りかかったから助けた。」
理人はしばらく黙っていた。やがて、少し低い声で言った。
「前にお前の体にアザがあった。 その時、『机の角にぶつかった』って言ってたけど、実はその時のことか?」
「うん。」
遥は素直に認めた。
理人は再び沈黙し、裏道を抜けかけた頃にもう一度遥に問いかけた。
「それで、お前はその子のことが好きなのか?」
その一言に、遥は初めて顔を上げ、風に揺れる理人の髪を見た。理人の髪は風にふわりと舞い、まるで映画のワンシーンのように美しく、遥の胸の奥に何かが揺れた。
自分の気持ちには全く気づいていない理人が、他の女の子に対してどう思っているかを尋ねた。遥は少し驚いたけど、すぐに冷静さを取り戻した。
「好きじゃない、変なことを考えるな。」
遥はゆっくりと言った。
「昔、今日みたいにあんたを手伝ったことがあったけど、それで、僕たちは恋人同士になったって言うの?」
理人は心の中でほっと息をつき、しばらくしてまた冗談を言い始めた。
「俺と付き合うのなんて簡単だろ? 今夜一緒に寝ようぜ、俺のベッドで、どうだ?」
遥は警告の意味を込めて理人の背中を軽く叩いたけど、理人は全く気にせず、むしろ空気がとても清々しくなったように感じた。
理人は昔、ヤンキーだった。何事にも飽きやすく、好ましくないことばかり学んでいた。理人の家族は彼に頭を抱え、彼を別の学校に転校させ、その新しい学校で、少しでも彼の荒んだ性格が改善されることを願っていた。
遥は理人が転校した先の委員長だった。当時、遥は理人にとって、ただの退屈で地味な良い子ちゃんに過ぎなかった。そんな奴は、一本指で簡単に潰せると思っていた。
しかし、ある日、理人はまた街の不良たちとトラブルを起こしてしまった。そこに現れたのが、バイト先に向かう途中の遥だった。彼はその場に駆けつけ、助けてくれた後、ただ無言でその場を去っていった。言葉も交わさず、見もせず、まるで映画のヒーローのように。
理人はその姿に強く引かれ、次第にこの「退屈で地味な良い子ちゃん」と仲良くなっていった。
遥と理人は、最初はほんの少しの会話から始まり、次第に毎日のように話すようになった。そして、理人は遥が一日でも顔を見せないと、何だか調子が狂うようになる。
一緒に過ごす時間が長くなる中で、理人は遥との絆を深めるため、努力し、二人は同じ大学に合格することができた。しかし、その幸せな生活の中に、ひとつの「危険」が潜んでいた。
高校時代の遥は、学業に真剣に取り組んでいた。恋愛に興味を持たず、むしろそれを避けることに全力を注いでいた。でも、大学に進学してから状況は変わった。周囲の雰囲気はまるで、恋愛が当たり前のことのように流れていた。誰もがカップルで、どこに行っても恋愛の話題が飛び交う。それは、遥にとってはちょっとした混乱の源だった。
「遥。」
理人は真剣な表情で自分を見つめていた。
「今は恋愛をしないほうがいい。ほら、俺もしてないだろ?」
「なんで?」
遥は自分の手を理人の腰から引っ込めた。
「兄貴がまだしていないから、子分である僕も先に恋愛したらダメって言いたいの?」
理人は遥の手を再び自分の腰に引き寄せた。
「お前は俺の子分じゃない。俺がしないんだから、お前も恋をしない。それと同様、お前がしないなら、俺もしない。つまり、二人でずっと一緒にいようぜ、一人だけ恋愛するなんて許せないから。」
遥は目を閉じ、耳元をかすめる風の音が心地よく響く中、彼は考え込んだ。
「でも、損するのはあんただけだよ。あんたは大学一のイケメンでしょう?」
「何言ってんだよ、イエスかノーか、早く答えろ!」
理人から焦りの色が見えた。
「わかった。」
遥は一瞬迷ったけど、最終的に頷いた。でも、彼は理人の言葉を冗談として扱った。
なぜなら、もし本気でその約束を守ったら……八神理人は、彼と一緒に生涯独身になる。
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