第十話 - 真也の記憶

 終わった。そう思った瞬間、世界が灰色に染まった気がした。


 レジの前に立ったまま、俺は虚空を見つめてた。店内に流れる甘い音楽が、遠くから聞こえる雑音のように感じられた。


「君……だ、大丈夫かい?」


 心配そうに声をかけてくれたのは、優しげなおっさんだった。柔和な顔にぼってりとした体格。丸縁の眼鏡の奥に、穏やかな目が光っている。


 一見さんだ。最近じゃめずらしいな。


「ああ、すまねえ。もう大丈夫だ」慌てて平静を装った。

「そうか。思い詰めた顔で放心してたから、何事かと思ったよ」

 おっさんは安堵の表情を浮かべて、柔らかく微笑んでくれた。なんか、いいおっさんだ。


「実は探してるレコードがあってね」

 おっさんは、まだ2月だってのに額の汗をハンカチで拭って、バッグからメモを取り出した。


「見せてくれ」

 メモを覗き込むと、一世を風靡したオルタナロックバンドの曲がズラリと並んでた。このおっさん、なかなか良い趣味してやがる。


「ちょっと待ってな」

 俺は入り口近くの棚へ向かった。久々に感じる類の高揚感だ。こりゃ、音楽を愛する者同士の共感ってやつだな。


「あ、そういえば……」

 おっさんはスマホで調べ物を始めた。見た目に似合わず高速なスワイプ操作だ。俺にはとても真似できねえ。


 おっさんが頑張ってる間に、目的のレコードを3枚見つけた。いずれも少し高めの代物だ。

 割引してやりてえ気持ちはやまやまだが、店の経営状況的に無理だ。すまねえなと心の中で呟く。


 すると、おっさんは「ああ、これだよ」と、にっこりしてスマホの画面を見せてきた。

 今度はカントリー系だ。なかなか趣味の幅が広いじゃねえか。


「それもあるぜ」

 右手を奥に伸ばして、目的のレコードを掴んだ。


 それから、おっさんの質問に何点か答えて、ちょっとダベった。


 おっさんは結局レコードを6枚買ってくれた。俺は心からの礼を伝えて、おっさんを見送った。


 なんだかんだ、今日は結構いい日だったかもしれねえな。

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