第八話 - 真也の記憶

 時計の針が16時を回った頃、隼人はやとが遊びに来た。


 隼人はうちの元バイトメンバーだ。灰谷と入れ替わりで辞めて、今はどこぞの企業で営業職をやってるらしい。俺が言うのも何なんだが、営業ってよりチンピラみてえな風体してやがる。


「アニキ! 調子はどうっすか!」

 こいつは俺をアニキと呼ぶ。可愛いやつだ。

「何も変わんねえよ。お前の方はどうだ?」

「いやあ、もう毎日退屈っすよ。代わり映えしねえ日々にうんざりっす」

 へへへと笑いながら、隼人が愚痴った。代わり映えしない日々に退屈か。今日……いや、最近はこんな話ばっかだ。


「お前はまだ若えんだから、本当に好きなことやりゃいいんだよ」

 ふと、背後から灰谷の視線を感じた。あいつ、『お前が言うのか?』って思ってるに違いない。

 へっ、老婆心なんてもんは若輩者でも持っちまうんだから、しょうがねえんだよ。


「アニキの方は変わらねえみてえっすけど、店も相変わらずっすか?」

 隼人が入口付近の棚を眺めながら、そう訊いてきた。

「ああ、相変わらず客入りはボチボチ。週末は繁盛すんのも今までどおり」

 ふーんと生返事が虚しく流れる。


 我が店は平日がらんとしてて、週末はめっちゃ賑わう。俺が店長になったばかりの頃は平日もたくさんの人が来てた。


 やべえよな。今日だって、まだタカさんと隼人しか来客ねえし。いや、ふたりとも何も買ってくれねえんだから、そもそも客ですらねえんだけどな。


 俺が悪いのか、時代によるもんなのか、やっぱりわからねえ。


 不意に、隼人が足音も立てず、ぐいっと顔を近づけてきた。こいつは抜き足が得意だ。


「なんだよ、近えぞ」

「アニキ……店のセキュリティのガバガバさも今までどおりなんっすか?」

 小声で尋ねてくる隼人に、俺は堂々と答えた。

「変わってねえよ」

 すると、隼人は心配そうな声で嘆いた。

「アニキ、これじゃマジでやばいっすよ。普通の店じゃありえないレベルっす」


 別にいいだろ、そんなの。俺はセキュリティシステムに意味があるなんて思わねえ。パンクロッカーは刹那的に生きてなんぼだ。そうだろう?

 だから、カメラはダミーで何も監視してねえし、その他も適当だ。非常口の鍵も休憩所に置いた俺のジャケットのポケットに無造作につっこんだままだしな。


「ルーカス・レッドが生きてたらよ、きっとセキュリティなんて気にすんなって言ってたはずだぜ」

「いや、ルーカスなら、時計の針なんて気にすんなって言うはずっすよ」


 隼人は俺が遅刻に厳しかったことを未だにチクチク言ってきやがる。

 あれは、こいつが遅れてきたことバレねえようにこっそり非常口から入ってきたのが悪いんだ。ガミガミ言うに決まってんだろ。


 しばらく話した後、隼人はトイレを借りて、帰っていった。

 こんだけサボタージュできんだから、別に悪くない仕事なんじゃねえかなと思ったりした。

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