第七話 - 真也の記憶

 14時ぴったりに、灰谷が休憩から戻ってきた。あいつはいつも休憩所でメシを食う。


「タカさん、来てたのか?」

「ああ、来てた」俺は棚のレコードを整理しながら答えた。

「また発破かけられたのか?」

「おう。もううんざりだよ」


 灰谷は俺の隣に立ち、肩をすくめた。

「タカさんはお前のこと心配してんだよ」

「そう……なんだろうな」

 タカさんは良い人だ。それはわかってる。


 俺たちは雑談しながら品出しを続けた。店内に流れる古き良きR&Bが哀愁を誘う。昨今のR&Bとは違った、荒削りでソウルフルな楽曲だ。


「俺はさ、今のままの人生でもそこそこ楽しいんだよ。あえて、変える理由はねえんだ」

「お前は変なやつだよ。日々の生活の中では、プレミアムが付いてるレコードを平気で壁に飾るし、店の裏口のアラームが壊れてるのに放置しとくほどの……大胆さがある」


 灰谷がわざわざ言葉を選んでくれたのが、少し癪だった。仕入れたばかりのレコードに、小さな傷を見つけたときのような気分だ。


「その反面、人生を変えるような大きな変化については、及び腰になってばかりだ」

「なんだよ、お前まで説教してくれんのか?」

「いや、説教するつもりはない。お前の人生は、お前が決めることだ。タカさんは心配してるが、最終的にはお前自身が納得の行く選択をすればいい」


 灰谷はレコードの陳列を整えながら、続ける。


「俺はお前の友人として、お前の決定を尊重するし、応援もする。だが、もしお前が今の状況に満足していないなら、変化を恐れる必要はないと思う。人生において、時には大胆な一歩を踏み出すことも必要だ」


 そして、少し笑みを浮かべながら、こう付け加えた。


「お前にはあのタカさんを心配させるほどの才能があるんだ。もっと自分を信じてみても、損はないと思うぜ」


 マジかよ……。

 俺はまたレジ裏のScarlet Revolutionを見つめた。もしパンクの神様が降りてきたら、俺はいったいどんな決断をするんだろうとか、訳わかんねえことを考えた。


「なあ、お前はどうなんだよ?」

 相変わらず陳列を続けている灰谷に声をかけた。

「俺か? 俺にはやらなくてはいけないことがある。それはお前もわかってるはずだ」

「そうだな……」

 中古のレコードが詰め込まれていた段ボールを叩き潰すと、汚え粉塵が宙を舞った。


 灰谷は借金を抱えてる。

 ドラマーとしての灰谷に惚れ込んでた奥さんが、ミュージシャンを続けらんなくなったあいつに失望して、荒んだ生活を送った結果だ。

 灰谷は連帯保証人になってた。

 あいつは奥さんが作った借金を返すのに必死だ。なんでそんなことできんのか、俺にはわからねえ。


 多分、灰谷から見りゃ、俺はまだ何でもできる立場にいる人間なんだろうな。人生ってのはなんだかんだうまくいかねえようにできてやがる。

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