第2話 始まりの町

 旅に出て初めての夜、私は小さな村外れの木陰に身を寄せ、剣を抱えたまま眠った。月明かりに照らされた剣先がひんやりと冷たい。父の教え通り、隙を見せない寝方には慣れているけど、熟睡できるものではない。


 次の日の朝、腹を満たすために村へ向かった。初めて出会う人々、初めて見る景色。それなのに、私の中に広がるのは期待よりも警戒心だった。剣士である以上、油断は命取り――父から叩き込まれた教えは、私の日常の一部になっている。


「お嬢さん、旅人かい?」


 村の入り口にいた農夫らしき男が声をかけてきた。


「ええ、少し立ち寄らせてもらいます」


 私は愛想笑いを浮かべ、無意識に腰の剣に手を添えた。


「この村にようこそ。物騒なことはないが、気をつけるんだよ」


 農夫の顔に浮かぶ親切な笑み。それでも私はどこか距離を取ってしまう。


 村は小さく、中央に市場が開かれていた。干し肉やパンを買おうと財布を開けたところで、ふと気配を感じた。


「お嬢さん、その剣……かなりの品じゃないか?」


 振り返ると、一人の壮年の男が立っていた。頑丈そうな体つきで、腰には古びた剣を差している。目が鋭く、油断のない剣士だと直感で分かった。


「父から譲り受けたものです」


 私の言葉に、男は口元を歪めて笑った。


「父譲り、か……お嬢さん、少し腕を見せてみな」


「どうして?」


「旅をする剣士がどれだけのものか確かめたくなっただけさ。それとも、ただの飾りか?」


 挑発だと分かっていても、私は動揺を隠せなかった。剣士としての誇りを否定されるような物言いに、拳が震える。


「分かりました。少しだけ、お相手します」


 私は冷静を装いながらも剣を引き抜いた。


 市場の人々がざわつき、私たちを囲むように集まる。男は落ち着いた手つきで剣を抜き、私に向けた。


「いくぞ」


 彼の動きは鋭く、そして重かった。一撃目で彼の剣が私の剣を押し返す。その力強さに、私は父との稽古を思い出した。


「まだまだ!」


 私は息を整え、足を動かして間合いを詰める。相手の剣筋を見極め、隙を突いて剣を振り下ろす。


「ほう、いい腕だ」


 男は笑みを浮かべ、軽く身を引いた。観客の中から拍手が起こる。


「お嬢さん、いい剣士になる。だが……もっと技を磨け。世界はお前が思ってるよりも広いぞ。」


 彼の言葉に、胸の奥がざわついた。技を磨くための旅――それが私の目的だったはず。でも、この言葉が意味するものは、それだけではない気がした。


「ありがとうございます」


 私は頭を下げ、剣を納めた。男は満足げに頷き、観客たちの中に消えていった。


 その夜、私は村の宿で初めてまともな食事を取った。久しぶりに味わう温かいスープの香りに、少しだけ緊張が解けた気がする。


「一人で旅をしているのかい?」


 宿の女将が声をかけてくる。


「ええまぁ、修行の旅なんです」


 女将は柔らかい笑みを浮かべながら、テーブルに追加のパンを置いた。


「旅はいいわね。いろんなものを見て、自分を知る。お嬢さんもきっと、何か見つけるわよ」


 何かを見つける――その言葉が妙に胸に響いた。私はまだ、自分が何を見つけたいのか分からない。でも、それを探すために旅に出たのだと思う。


 その夜、初めて少しだけ深く眠れた気がした。


◇◇◇◇◇


 翌朝、村を出る私を見送る農夫が手を振ってくれた。その優しさに少しだけ肩の力が抜ける。


「次の街までの道中は安全だ。気をつけてな!」


「ありがとう」


 私は微笑みながら、大地を踏みしめる。


 新しい出会い、そして試練。まだ始まったばかりの旅が、どんな物語を描いていくのかは分からない。でも、私は確かにその一歩を踏み出していた。

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