第7話 例のあれ?

「――いやー楽しかったですね射撃! 次はどれにします?」

「はい、すっごく。そうですね……藤島ふじしまさんは、何処か行きたいところあります?」

「そうですね……でしたら、あれなんてどうです?」


 その後、園内を散策しながらそんなやり取りを交わす僕ら。僕の問いに応じつつ藤島さんが指差したのは、当パークの看板アトラクションらしい木製のジェットコースター。日本のテーマパークにて主流であろう鉄製との主な違いは、木製特有の軋み音や振動による独特の緊張感や恐怖にある。そんな彼女の提案を受け、僕は――



「――はい、藤島さんさえ良ければ是非!」


 そう、思わず声を弾ませる。いや、調べていた時から乗ってみたいなとは思ってたんだけど……ただ、恐らく大半の人にとって中々に恐怖だろうから、自分から提案するのは憚られたわけでして――


「……ふふっ、まるで子どもみたい」

「あっ、いえその――」

「いえいえ、私は良いと思いますよ? 子どもみたいにはしゃぐ先輩、すっごく可愛いですし。では、決まりですね?」

「あっ、その……はい」


 そう、揶揄からかうような微笑を浮かべ確認を取る藤島さん。しまったと思いつつ控えめに頷くと、そんな様子も可笑しかったようで、彼女はクスッと笑みを洩らす。そして、さっと僕の腕を取り目的地へ向かい……うん、なんかすっごい恥ずかしい。




「……さあ、来るぞ……来るぞ……」

「ふふっ、楽しそうですね先輩」


 それから、およそ一時間後。

 当園の看板アトラクションであるからして、やはり人気が高くそれなりの待ち時間を経てゴンドラへと乗り込んだ僕ら。そして、ゆっくりゆっくりと上がっていく最中さなかそんなやり取りを交わす。……いや、やり取りというより、気持ち悪い僕の独り言を彼女が拾ってくれただけなんだけども。


 それにしても……思ったより余裕あるなあ藤島さん。悪戯っぽい笑顔まで見せちゃってるし。


 さて、そんなやり取りの間にも徐々にゴンドラは軋む音を立て上がっていく。……さあ、来るぞ……来るぞ……



「…………あれ?」



 卒然、ポツリと声を洩らす僕。だけど、それは僕だけでなく――声こそ洩らしていないものの、隣に座る藤島さんも、恐らくは僕と似たようなポカンとした表情で僕を見ている。そして、恐らくは他の乗客の皆さんも、僕らとほぼ同様の表情を浮かべていることと思う。と言うのも――


「……えっと、これはひょっとして……例のあれですかね?」

「……はい、きっと例のあれでしょう」


 少し間があった後、淡く微笑み問い掛ける藤島さんにそっと頷き答える僕。……いや、こんなお馴染みのような言い方もどうかと思うけど、ともあれ何が起きたのかというと……まさに頂点に達したこの地点にて、突如ピタリとゴンドラが止まってしまったわけでして。



「おい、どうなってんだよこれ!」

「早く何とかしてよ責任者!」


 すると、ほどなくして僕らの後方から男女の叫び声が耳をつんざく。……まあ、そうなるのも無理ないよね。きっと、彼らにとっても全く以て予想だにしない事態ではないのだろうけど……それでも、いざその状況に陥ってしまえば、こうしてパニックになってしまっても仕方がない。なので、流石に藤島さんと言えど――


「――っ!?」

「……ん? どうかしましたか冬樹ふゆき先輩」

「……いえ、何と言いますか……ふふっ」

「……先輩?」


 僕の反応が予想の外だったのだろう、不思議そうに首を傾げる藤島さん。全く、何と言うか……ほんと、大物だなあ。


 それから数十分後、無事メンテナンス完了――乗客全員、少なくとも見た感じ怪我も体調異変もなく無事解放されることに。……ふう、大変な目に遭った。

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