第4話 冬樹先輩は聞き上手?

 ――それから、数十分経て。



「――お待たせしました、冬樹ふゆき先輩! それでは、さっそく召し上がりましょう」

「あ、ありがとうございます藤島ふじしまさん」


 狭い居室のほぼ中央にて、円卓の向こうから花のような笑顔で告げる藤島さん。卓上には鮭の西京焼き、野菜サラダ、豆腐とワカメの味噌汁、白米――何とも色彩豊かで、栄養バランスも良さそうな素晴らしい献立だ。自分が普段、どれほど適当に食事を済ませていたかを改めて思い知らされる瞬間だった。……うん、やっぱり少しくらいは気をつけるべきかな。これ以上、彼女に心配かけるのも申し訳ないし。




「……うん、凄く美味しいです藤島さん」

「本当ですか!? ……そっか、良かった」


 その後、率直な感想を伝えると瞳を輝かせて喜色を示してくれる藤島さん。僕なんかの称賛に対しても、この素敵な笑顔――容姿のみならず、内面も頗る素敵な人なのだと改めて思う。ほんと、僕なんかとは全然違……いや、そもそも比較すること自体失礼この上ないか。


 ……ただ、それにしても――


「……ん? どうかしましたか、冬樹先輩?」

「あっ、いえ何でも……」


 不意に飛んできた藤島さんの問いに、少したどたどしく答える僕。……まあ、不意にも何も、僕が彼女をじっと見てたからなんだろうけど。


 ……ただ、それにしても――ほんと、どうして僕なんかに構ってくれるんだろう。正直、彼女に何かしらのメリットがあるとも……というより、普通にデメリットしかないと思うのだけど。




「それで、昨日も美穂が彼氏と喧嘩したとかって電話してきたんですけど、理由ってなんだと思います? それが、目玉焼きには醤油かソースかで酷く言い合いになったらしいんですよ。いやーほんとくだらないですよね」

「ははっ、そうですね。ですが、そういった些細なことで喧嘩できるのは、やっぱり仲が良いのでしょうね」

「そう、そうなんですよ! 結局、最後には先週の彼氏とのデートがどうとかって、ただの惚気話になるんですよねー。あー私も素敵な彼氏ほしいなあ」

「そう心配なさらずとも、藤島さんならきっと素敵な人に巡り会えますよ。だって、藤島さんご自身が凄く素敵な人なのですから」

「……へっ? あ、ありがとうございます……」


 その後、久方振りの美味しい食事を堪能しつつ、他愛もない話に花を咲かせる僕ら。いつものことだけど……こんなコミュ障で雑談ネタもない僕に対し、積極的に話題を出してリードしてくれるのでほんとに助かります。



「それにしても、以前から思ってましたけど――冬樹先輩って、ほんとに聞き上手ですよね」

「……へっ? そう、ですか……?」

「はい。私の一方的なくだらない話に、いつも真剣に耳を傾けてくれますし。先輩も、もっとご自身のことを話してくれて良いんですよ? 是非お聞きしたいです!」

「あっ、えっと……はい」


 そう、頗る感心したような表情で力説してくれる藤島さん。お世辞の類いでなく、本心で言ってくれていることが如実に伝わる。


 ただ、そんな彼女には申し訳ないのだけど……うん、別に聞き上手とかじゃないんだよね。ただ単に、自分から話を切り出せないから基本聞く側に徹しているだけでして。





「――今日はありがとうございました、冬樹先輩! ほんとに楽しかったです!」

「あっ、いえそんな! 感謝をすべきなのは、むしろ僕の方で……その、本当にありがとうございます、藤島さん」

「ふふっ、どういたしまして」


 それから、数時間経て。

 玄関にて、眩いほどの笑顔で感謝の意を伝えてくれる藤島さん。感謝してもらえるようなことなど、僕は何もしていないというのに……うん、なんて良い子なんだと改めて思う。


「……あの、どうかしましたか?」


 ふと、そう問い掛けてみる。今しがた玄関を後にしようとしていた藤島さんが、扉を半分ほど開いた辺りで振り返り、じっとこちらを見ていたから。えっと、忘れ物かな――


「……あの、冬樹先輩。その……素敵な彼氏がほしいって言った時、先輩は私のことを素敵な人だと仰ってくれましたよね?」

「……へっ? あっ、はい……」

「……あの、でしたら、その……いえ、やっぱり何でもないです」

「……? ……はい、分かりました」


 すると、少し目を逸らしつつ言葉を紡ぐ藤島さん。だけど、最終的に引っ込めてしまったため僕は何も分かっていない。なので、いったい何に対しての了解なのか、僕自身まるで分かっちゃいないのだけど……だけど、こういう時の模範解答など、僕なんかが知っているはずもなく。




「…………ふぅ」


 藤島さんが去った後、だらりと仰向けに転がり息を洩らす。緊張の糸が切れた、とでも言うのかな?


 とは言え、彼女との時間が苦痛だったとか、そういう話ではなく……むしろ、控えめに言っても楽しかったくらいで。ただ……僕なんかと一緒にいて、本当に彼女は楽しかったのだろうかという懸念が、ずっと胸中を巡って――


「……いや、そもそも」


 ふと、そんな思考を遮るようにポツリと呟きが零れる。……そうだ、そもそも僕に……僕なんかに、こんな資格なんて――



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