探偵はどこに消えた? 其の二

 鳴り止まぬ腹のに耐えかね、吾輩は意を決して事務所を出た。道路を挟んだ向かい側にある、スナック〈流星群りゅうせいぐん〉へと赴くためである。 

 正月の商店街は人気ひとけもなく、どこかうら寂しい。そしてこの寒気だ。凍てつく外気に身をさらした瞬間、回れ右をして帰りたくなった。

 吾輩は寒いのが大の苦手なのだ。

 だが、背に腹は代えられぬ。

 腹が減っては推理はできぬ。

 覚悟を決めて道を渡り、吾輩はスナックの扉をくぐった。


     *


『ちょっとお邪魔するよ』

『あーら、先生センセ。いらっしゃい』


 つややかな声が、暖かな室内に響いた。店内は程よく暖房が効いており、まるで南国リゾートのようである。

 チーママなどとも呼ばれている、〈流星群〉の看板娘だ。吾輩を「先生」と呼ぶが、それは吾輩を尊敬しているためだ、と思いたい。

 でありながら人懐っこくもあり、常連客たちに人気なのもうなずける。


『何か、食事を頂けないかな。ボンクラ探偵が朝食の用意を怠ってね』

『あらやだ、お腹が空いているのね。とりあえず、これでも飲んでいて頂戴ちょうだい


 そういってキャリ子は、飲みかけのホットミルクを吾輩に譲ると、店の奥へと引っこんだ。ママを呼びに行ったのだろう。

 吾輩はを専門としており、家事というものを断固拒否している。必然的に共同生活における炊事は探偵の担当となるのだが、壊滅的に不器用な彼も料理は得意ではない。

 そこで吾輩たちは、時折このスナックで食事の世話になるというわけだ。スナックの営業は夕方からなので、簡単なまかない程度のものであったが、暖かい飯が喰えるだけで十分だ。

 吾輩はホットミルクを舐めながら、キャリ子を待った。ミルクの甘さと暖かさが体に染み渡る。普段はあまり口にしないのだが、今はこの一雫ひちしずくが大変に滋味じみ深くありがたい。ようやく生き返った気分である。

 そうやって吾輩が感動に打ち震えているところへ、申し訳なさそうな顔をしてキャリ子が戻ってきた。


『先生、ごめんなさい。ママ、熟睡しちゃってて、とても起きてくれそうにないわ。ホラ、朝方まで年越しパーティーしてたから』


 そういわれてみれば、店内には宴会の名残が見てとれた。天井からはキラキラ光るモールが垂れ下がり、床にもクラッカーの紙テープが貼りついたままである。


『常連さんたちが帰った後、お昼近くまで御節おせち料理を仕込んでたみたいだし――』

『ミルクだけで十分だよ、ありがとう。ところでキャリ子、そのパーテイーにうちのヘボ探偵も参加してたのかな?』

『もちろんいらしてたわよ。ご機嫌にジンジャーエールを空けていたわね』


 なるほど。カウンターの上にはウィルキンソンの空瓶が何本も転がっている。探偵は下戸ゲコで、ビールひと舐めでしまうから、気分だけでも味わいたかったのだろう。

 まったく、しょうがない奴だな。


『たぶん夜半過ぎにはお帰りになったと思うけど、顔をみてないの?』

『吾輩は紅白を観ながら寝てしまったからなぁ。事務所には帰ったと思うが、所在不明だ』

『そうなの――探偵さん、どこに行っちゃったのかしら。心配ね』


 心優しいキャリ子はそういったが、吾輩は少しも心配してはいなかった。不良探偵の朝帰りなど珍しくもない。何なら12時間くらいの張りこみができなくては仕事に差し障る。ほっときゃそのうち帰ってくる、などと鷹揚おうように構えていたのだ。

 小腹を満たした吾輩は、キャリ子に礼をいって〈流星群〉を辞した。足を雪に濡らして帰る道すがら、晩飯こそは好物のカツオ印の缶詰を食さねばと、心に固く誓った。


 ――だがしかし、である。

 大方おおかたの予想に反して探偵は帰らなかった。夕方になり、夜が来ても事務所にあかりがともることはなかった。

 冷え切った薄暗い事務所の中で、吾輩は探偵を待ち続けたのだ――空が白み始めるまで。


     *


 一月二日。

 ことここに至っては認めざるをえない。

 

 何らかの原因で逐電ちくでんしたか、事務所へと推察できる。前者の可能性は限りなく低い。我が探偵事務所は儲かってはいないが、かろうじて借財しゃっきんはしていない。気は小さいが根が善人である探偵に夜逃げはできまい。となると――。

 事件か事故か、何か問題トラブルに巻きこまれたと考えるのが妥当だ。

 吾輩は仕方なく、愚鈍な探偵の捜索を開始した。

 無駄だとは知りつつ、念のため固定電話で探偵のスマートフォンに電話をしてみるが、コール音が続くばかりで出ることはない。そこで――。

 吾輩はデスクトップPCを起動して、スマホのGPS位置情報を調べることにした。迂闊うかつな探偵はパスワードどころか、もっと簡易なPINコードをモニタ画面に付箋ふせんで張りつけており、不用心極まりない。

 アプリで地図上にスマホの位置を映し出すと、どうやらN市北部を東西に流れるS川の堤防上にスマホはあるようだ。

 まったく。どこで油を売ってやがるんだ、あの昼行灯ひるあんどんめ。


     *


 吾輩は助手アシスタント九郎クロウを現地へ向かわせることにした。

 名探偵たるもの、無闇むやみに自ら動いてはならないのだ。

 それに吾輩は寒いのが大の苦手であるからして。

 事務所の窓からを下げておくと、それを見つけた九郎は自分からやって来る。何しろ住所不定の風来坊ふうらいぼうなので、直接連絡を取る手段がないのである。

 目印を出してからしばらくすると、コツコツと窓を叩く音がした。どうやら今日は発見が早かったらしい。吾輩は窓を開けて九郎を招き入れた。


『よう、先生。寒いね、今日も。オイラに何用だい』

『良く来た、九郎。すまないが、今すぐこの画面の場所へ行ってくれ。うちのバカ探偵がいるはずなんだ。少なくとも付近にスマホがあるはず。何か動けない事情があるらしい』

『なんでェ、珍しく慌ててるじゃないか。偵察に行くのは構わないけどさ、今日は何をくれるんだい』

『とっておきだぞ。クリスマスの残りの唐揚げだ。味変あじへんにマヨネーズもつける』

『うほほーい、それなら文句はねえや。早速行ってくるぜ!』


 九郎は唐揚げが大好物なのだ。いつも腹を空かせているから食事で釣るのが手っ取り早い。し、から、こういう時は何かと役に立つ。

 有能な助手を送り出すと、吾輩はPC画面をっと見守った。

 ――すると、しばらくして画面上のスマホが動き出したのだ。

 事務所へと移動してくる。

 探偵は無事に発見されたのだろうか?

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