探偵はどこに消えた? 其の三

 アプリに表示されたアイコンが高速で移動して――画面上の事務所と重なると同時に、九郎は再び窓から帰還した。

 そしてゴトリ、と一台のスマートフォンを事務机へ投げ出す。


『おい、九郎クロウ。探偵はどうした!?』

『それが――指示された場所まで行ったのに、辺りにはんだ。道路脇にが落ちていたから拾ってきた』


 スマホの画面にはヒビが入り、強い衝撃が加えられた事を物語っていた。寒さでバッテリーは消耗しているようだが、吾輩からの着信履歴が表示されているのは確認できた。

 そして、極わずかであるが、が外装に付着している。これは――どういうことなんだ。


『こいつァ、血だな。探偵の旦那ダンナのものかまでは判らないけど――』


 最早もはや、悠長に構えている場合ではないらしい。


『九郎、すまない。帰ったばかりで申し訳ないが、もう一度現地まで行ってくれないか。今度は吾輩もついて行く』

出不精でぶしょうの先生まで御出馬ごしゅつばかい。ならオイラも、イヤとはいえないなァ』


     *


 こうして吾輩たちは、S川沿いの堤防へとやってきた。

 ほぼ東西に流れるS川は、両岸に河川敷を有しており、堤上の道路は道幅5mほど。川側には一段高くなった歩道があって、この歩道上でスマホを見つけたという。川風によって冷やされている為か、辺りはまだ一面の雪景色だった。

 寒さをこらえつつ、吾輩たちは現場検証を始めた。

 スマホ型に抜かれた雪面を中心に、何か痕跡がないか周囲をくまなく捜索する。

 すると眼光鋭い九郎が、再び何かを発見した。枯れた草むらから突き出ている、鈍く光る金属だ。


『こいつァ、もしかして――先生?』

『――ふむ、単車バイクのミラーだな。見覚えがあるぞ、これは〝ヴェスパ〟のものだ』


 貧乏なくせに酔狂な探偵は、イタリア製スクーターのヴェスパを愛車としていた。追跡にも張りこみにも向かないから、自動車に変えろといっても聞きやしない。


『状況的に見て、この道路をヴェスパで走ってきた探偵は、歩道の縁石えんせきに乗り上げたんだろう――やはり、縁石にれた跡がある。そしてその衝撃で転倒し、右側ミラーを破損、スマホを落としたと考えられる』

『じゃあ血はその時についたものかァ。大した怪我じゃないといいけど――にしても、先生。探偵の旦那は、どこに行ったんだろうね』


 そこだ。探偵が命の次ぐらいに大事にしているヴェスパを壊し、破損したミラーを捨て置いても、その場から立ち去るような事態。それはいったい何事だ?

 吾輩は東側、川の上流を観た。数百メートル先に橋が架かっている。隣県まで南北を繋ぐ道路である。探偵はこちらから西側、下流方向へ走っていた。交通量の少ない堤防道路にはまだ雪が積もっており、薄っすらとわだちが残っている。この幅は恐らくのものだ。


『見えるか、九郎。この跡を追ってくれ』

合点がってん承知しょうちィ!』


 轍は時折、蛇行だこうしながら川下へと続いていた。運転に支障がでるほど単車が壊れているのか、乗り手が重傷を負って操作が覚束おぼつかないのか。はやる気持ちを押さえながら、吾輩は九郎の後を追いかけた。

 そして、追跡からほんの五分ほどのことだ。


『あッ! 先生、あれ見て!』

『ヴェスパか!?』


 川に沿って緩やかにカーブを描く道路の、川側斜面にスクーターが転がっていた。堤防にガードレールはなく、道をれて滑り落ちたような格好である。近づいてよく観察すると片側のミラーが破損している。探偵の愛車であるヴェスパに間違いなかった。

 だが、

 そしてヴェスパの周囲に

 これはいったい、どういうことだ?


『先生、探偵の旦那は――一体どこに消えちまったんだい? これじゃあ、じゃあないか』


 九郎がまたぞろ不穏ふおんなことをいった。

 どこで覚えてきたんだ、そんな言葉。


     *


 雪密室とは――ある家で他殺死体が見つかる。家の周囲には雪が降り積もり、来訪者の足跡はない。侵入者の痕跡こんせきがない状況で、どうやって殺されたのか――という不可能状況を示す言葉だ。

 今回の事件ケースに当てめるなら、


「辺り一面の雪景色。車の轍が続く先で、転倒した単車は発見されるが、運転者の姿はなく、そこから立ち去った形跡もない。ならば、スクーターが勝手に自走してきて、勝手に転んだのだろうか?」


 と、いったところだが――バカをいえ、そんなことあるはずがない。

 雪道に轍は残っている。これは雪が降っている最中か降ったあとにスクーターがやってきたことを示している。倒れたスクーターのボディ前面には雪が残ってるが、シートやエンジンに雪は積もってはいない。

 やはりスクーターが倒れた後に、雪が降り積もったわけではなさそうだ。すると九郎がいうように、になる。スクーターから立ち去る運転者の足跡が残ってなければならないからだ――しかし。

 一面の銀世界にそんな痕跡は残されてはない。

 そこで先刻さっきの問いに戻るというわけだ。

 これはいったい、どういうことか?

 探偵はどこに消えたのか?

 消えるわけがないのに。

 

 吾輩は視力が悪いので、更に近づいて慎重に付近を捜索した。横倒しになったスクーターには不用心にも鍵がつけっぱなしで、これも臆病な探偵には似つかわしくない行動だ。

 ヴェスパが転がる斜面の下方、河川敷より一段高くなったところは農地になっており、収穫し忘れたのか大根が雪に埋もれていた。畑の隅にある小屋の屋根にも数cm程積もっている。

 そもそも探偵は何故、事務所とは正反対のこんな場所までやってきたのか。

 川の上流を見る。

 橋が架かっている。

 探偵が橋むこうに行く用事といえば、業務用スーパーへの買い出しぐらいだが――うん!? まてよ。


『おい、九郎。昨日、雪が降った時刻を覚えているか』

『そうだなァ、日の出の少し前じゃないかなァ。それからたぶん数時間は降り続いたと思うけど』

『今の時期だと、日の出は7時前後か――だとすると、すでにかれていたんだな』

? なにが?』


 九郎の頭の上には、特大の〝クエスチョンマーク〟が浮かんでいるようだった。

 

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