吾輩は迷探偵である。

夏目猫丸

探偵はどこに消えた? 其の一

 目覚めると、の姿がない。

 それも新年早々、元日の朝である。

 はいったい、どこに消えたのか。


     *

 

 吾輩わがはいは寝床をいでると、ウーンと大きく伸びをした。反射的に小さく欠伸あくびがもれる。

 ふわああ。よく寝た。

 いつの間にか部屋の暖房が切られており、吐く息が微かに白い。窓から外を眺めると、家々の屋根は雪化粧で、どうやら夜中に積もったらしい。事務所内は冷え切っていて、室温は一桁ヒトケタに違いあるまい。

 どうりで寒いわけだ。

 

 さて、本日は一月一日。

 謹賀新年。初春のお慶びを謹んで申し上げる。

 今年も一年、無事に無難に平穏に過ごせますように。

 吾輩が起居ききょする〈松下探偵事務所〉は今日も平和で、閑古鳥カッコウが鳴くほど静か――というのは比喩であるが、何故か家主やぬしの姿が見当たらなかった。

 いつも「日曜と午前中は労働しない」と豪語しているのに、どういう風の吹き回しだろう。ピカピカの新年第一日目は、国民の祝日のはずである。

 応接テーブルの上には、正月特有のぶ厚い新聞が折り畳まれて、折りこみチラシが散らばっている。〈新春初売り大セール〉などと大書きされた文字が躍っていて、目出度めでたさが空回りしている気がした。


 この事務所の家主、松下耕作まつしたこうさくの職業は私立探偵である。

 とはいっても、決しての類ではないし、ましてやハードボイルド小説のでもない。某探偵ドラマの影響を強くうけ、恰好だけはそれなり――細身のダークスーツに派手なカラーシャツとネクタイ、丸縁のサングラスにソフト帽を愛用している――であるが。正直申し上げて、かんは悪いし、こらええ性はないし、それほど賢くもない。

 探偵事務所の看板を掲げてはいるが、顧客からは風采ふうさいのあがらぬ便だと思われているふしがある。実際、一番多い案件は、いなくなったペットの捜索依頼であるほどなのだ。

 今も事務机の上には「窓からオウムが逃げ出して行方不明」だの「シベリアンハスキーの仔犬が迷子」だのといった、未処理案件が山積さんせきしているくらいだ。これではまるでペット探偵ではないか。そのうちタランチュラに噛まれたり、アナコンダに飲み込まれてしまうんじゃないかと、吾輩は呆れつつも危惧きぐしている。


 かくいう吾輩は、探偵の同居人であり、ビジネスパートナーでもある。冴えない探偵が仕事にまった時には、吾輩がそれとなく有益なアドヴァイスをしてやっているのだ。

 ――何ならそう、吾輩をと呼んでくれてもかまわない。


     *


 空腹を覚えた吾輩は、給湯室の食糧ストッカーを漁ってみるが、缶詰ひとつ見つけられなかった。何ということだ。

 玄関脇に置かれたコート掛けからはダウンジャケットとソフト帽が消えていて、おそらく探偵はコンビニへでも出かけたのだろう。

 もしかすると、実家に顔を出しに行ったのかもと考えたが、それはあり得ない話だった。一族ほとんどがの家系にあって、私立探偵などというは到底許容されず、勘当かんどう同然の身だと聞いていたからだ。

 吾輩も、うだつの上がらぬ探偵生活にはそろそろ飽きてきた。応接用ソファーに寝ころびながら「この街に来てずいぶんたつし、次の春にはどこか暖かいところへ引っ越すのも悪くないな」などと、夢想して過ごした。

 一年の計は元旦にあり、というからな。

 ――ところが、である。

 同居人は、昼を過ぎても戻らなかった。

 探偵はどこへ消えたのか。

 吾輩は、腹がへった。

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