第10話 謀略の形

夜が更けた宮廷街で、人気のない路地に二つの影が寄り添うように並んでいた。


レイヴンは机代わりの木箱の上に地図と写し取った文書を広げながら、分析を始めた。


「毒殺計画の標的は、全て女性継承者だ。エステル様、カタリナ様、そして……」


「隣国の第二王位継承者、クラリス王女」リリアは文書の端に記された名前を指差した。


「エステル様と同じような立場の方です」


レイヴンは地図の上に小さな印を付け加えながら、説明を続けた。


「標的を見ると、一つのパターンが見えてくる。いずれも王位継承権を持つ女性だが、第一継承者ではない」


その言葉にリリアは目を細めた。確かに、ヴィクター王子やルーカス王子といった第一、第二継承者は標的に入っていない。


「暗殺を仕掛けるタイミングも計算されている」レイヴンは文書の日付を指で追いながら、さらに続けた。


「エステル様への暗殺未遂の一週間前、カタリナ様の護衛の交代があった。そして来週、クラリス王女が外交のため来訪する」


そこまで話して、レイヴンは一瞬言葉を切った。路地の角を人影が通り過ぎるのを待つ。


リリアは胸の内で思考を巡らせていた。護衛の手薄な時を狙い、同時に複数の暗殺を仕掛ける。その狙いは――。


「グラティア王国の混乱を狙っているのか」


リリアが言葉を紡ぐと、レイヴンは無言で頷いた。


「だが、それだけではないな」


レイヴンは紙の裏に走り書きを始めた。


「資金の流れを追うと、グラティアだけでなく、周辺国とも繋がりがある。全ては、ある目的のための布石のようだ」


「目的とは?」


レイヴンは走り書きを見せながら、声を落として説明した。


「あくまで推測ではあるが……、五年前、先代が提案した『女性継承の容認』。その法案が、来月の継承者会議で再び議論される」


リリアは息を呑んだ。


そうか、全ては繋がっている。女性継承者を標的にするのも、グラティア王国の混乱を狙うのも。


「この組織は、女性の継承権を阻止しようとしているのか」


「おそらく。だが――」レイヴンは言葉を切り、木箱に広げた地図を見つめた。「これほど大規模な謀略には、相応の力が必要だ。上層部には、かなりの有力者が関わっているはずだ」


街灯の明かりがゆらめき、二人の影を揺らす。


組織の全容が見えてきた今、新たな問題も浮かび上がってきた。証拠はあるが、それを表に出せば、王国全体を揺るがす事態になりかねない。


レイヴンは地図を畳みながら、淡々とした声で言葉を続けた。


「三日後、クラリス王女が到着する。おそらく、そこが組織の次の動きだ」


「今度こそ、未然に防がなければ」


「エステル様も、カタリナ様も、クラリス王女も、誰一人として――」


言葉の途中で、物音が聞こえた。二人は即座に身構えたが、それは野良猫が物色を倒した音だった。


緊張が解けた後、レイヴンはいつもより低い声で告げた。


「今夜はここまでだ。明日、具体的な対策を」


リリアは短く頷いた。


「エステル様の護衛は、私が」


「ああ。カタリナ様とクラリス王女の方は、こちらで手配する」


二人の影が、それぞれの持ち場へと消えていく。宮廷の灯りを見上げながら、リリアは決意を新たにしていた。


(私が守ります、エステル様……)


(我が剣は我が推しのために!)


街を覆う闇の奥で、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた――。

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