第8話 痕跡

宮廷街の路地裏、人気のない場所で二人は情報の共有を行っていた。


レイヴンは一枚の紙を取り出しながら、無駄のない動きで説明を始めた。「この印を見たことはないか?」


リリアは、紙に描かれた紋章――蛇が剣を飲み込むような模様を見つめた。


「……初めて見る紋章ですね。これをどこで?」


「昨夜の暗殺者たちの拠点から見つけた。奴らの組織の象徴らしい」


「使い捨ての下っ端は知らされていないが、上層部はこの紋章で繋がっている」


二人が初めて出会ってから、三日が経っていた。


リリアは日中はいつも通り宮廷でエステルの護衛を務める。そしてレイヴンは裏社会での情報収集を続けていた。


二人は日が落ちる度に、この場所で見つけた情報を共有していた。


レイヴンは路地の暗がりに目をやりながら、さらに続けた。


「闇市場で探りを入れた。最近この紋章の組織が、高額の報酬で暗殺者たちを集めているという話だ」


「報酬の出所は?」リリアが問いかけると、レイヴンはわずかに間を置いて答えた。「王家の金庫から流れている可能性がある。使われている金貨に、グラティア家の刻印があった」


リリアは眉を寄せた。確かに最近、エステル様が心配していた。王家の財務に不審な動きがあると。


宮廷の影に潜む何者かが、王家の財産を利用して暗殺者を雇っている――その事実は、事態が想像以上に根深いことを示していた。


足音が近づく気配に、二人は息を潜めた。酔った貴族が道に迷ったのか、よろめきながら通り過ぎていく。その気配が遠ざかるまで、しばらくの沈黙が続いた。


レイヴンは一枚の地図を取り出しながら、声を落として語り始めた。


「港の東側、倉庫街の見取り図だ。ここ数日、怪しい荷物の運び出しを確認している」


手書きの地図には、いくつかの建物が印されていた。そのうちの一つが特に詳しく描かれている。


「明日の夜」レイヴンは地図の一点を指差した。「満月で、荷物の運び出しには不向きな夜だ。だからこそ、重要な物を動かす可能性が高い」


「しかし、明日の夜は宮廷で夜会が予定されている。お前はエステル王女の護衛として離れるわけにはいかないか」


「いえ、エステル様は、明日の夜会を欠席すると聞いています」


後継者争いが深まる中、夜会は彼女にとって精神的な負担が大きく、早々に欠席する意向を示していた。


(申し訳ありません、エステル様。あなたのその事情を、こんな形で利用してしまって)


その事情を知るからこそ、リリアの胸は痛んだ。


(けれど、すべてはエステル様を守るため!)


レイヴンは短く頷いた。「では、明日の夜に。暗殺者たちの根城を、たたく」


二人の影が、月明かりに溶けるように消えていく。この街の闇の奥底で、何かが動き始めようとしていた――。

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